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阪堺電車

阪堺線162


あの日の大阪の方の空は真っ赤やってんよ。
奈良の親戚のところへ疎開させられていたから
私は空襲を知らへんの

でも、疎開先でいじめられてん
かばってくれた叔父さんが頼もしかったわ

車椅子に乗り、若い女性介護士に押してもらいながら
婦人は何度も喋ってきたことをまた繰り返す
横断歩道の途中には阪堺電車の、石畳の敷かれた線路があり
介護士には車椅子が押しにくい
遠くに電車が見えるが、路面電車ゆえ、まだ当分はここまではやってこない
ガタガタと揺れる車椅子、線路のところで詰まるようになりながら
それでも介護士は「えいっ!」と車椅子を強く押す

グイッと前のめりになりながら
介護士・被介護者の婦人はそこを乗り越える
「いつものことやけど、ここ、通りにくいですね」
苦笑しながら介護士が婦人に話しかける
「阪堺電車の線路ですもんね」
「仕方ないやんね、あなたにはしんどいやろうけど」
そういいながら線路のある道路を渡り終えたとき
ふっと思い出したように婦人が喋る

「子供の頃はこの電車で浜寺や大浜へ泳ぎに行ったもんやわ」
「そうなんですね、こんな都会にも砂浜があったんですね」
ここまではいつもの会話だ。

その時、深緑色の古い電車が近づいてきた
やってきた電車を見て、婦人が、いつも言わないことを言う
「まあ、懐かしい電車・・」
「あら、本当、えらい古臭い電車ですね、鉄道ファン向けに走らせてるのかしら」
「電車ばかり追っかけてる人たちって、おるよね、なにがおもろいんやろ」
婦人がそういって笑う
二人の真横を古い電車は「うおーん」とモーターの音を唸らせてゆっくり通過する

「この電車って、吉野さんが子供のころから走っているのと同じなんでしょうかね」
「そうねぇ、たぶん、見た感じはあの頃のまんまの電車だわね」
「そうしたらこの電車も八十歳くらいなのかしら」
「ほんまやね、長生きの電車よね」
いつもと違う会話になった、介護士は珍しいことだと思う

狭い商店街を車椅子を押す介護士と、その車椅子に乗る被介護者の二人が行く
「吉野さん、お久しぶり、今日はええお天気で良かったな」
八百屋の兄さんが語りかけてきた
「そやねん、このところお天気が続かへんで、お買い物もできひんかったしね」
「そやな、雨が多かったな・・ほんで今日はなんにしよか」
「う~ん、一人やからたくさん食べられへんしなぁ」
「いやいや、大根半分でも、三分の一でも、四分の一でもええで」
「きゅうり一本とかでも」
「きゅうり、一本言わんと半分でも売らせてもらいまっせ」
「ほな、半分は悪いからきゅうり一本と、トマト一個、キャベツ半分の半分・・」
「はいよ!それまとめて袋に入れてセットにしとくさかい」
「ああ、おおきにな、いつも助かります」

八百屋の兄さんと婦人が会話して、介護士が預かっている財布から小銭を取り出す
「まいどおおきに!」
明るい声に送られて二人はまた歩き出す

車椅子を挟んだ二人は、もと来た方向へ向きを変えてまた線路のほうへ向かう
「あんなこま切れの買い物、あのお店でしか、させててくれへんからな」
婦人が介護士に言うでもなく呟く
「ほんとうですね」と介護士も軽く返す
けれど介護士の彼女は
「スーパーやったらきちんと小分けでパックしてくれてるのに」といつも思っている
この婦人、吉野さんは、マンション近くのスーパーはお気に入りではないらしい
それが故、気分のいい日には線路を横切らねばならない八百屋まで行きたがるのだ

線路のある道路に出ると電車がすぐ近くに見えた
停留所に停車して客を降ろしている
さっきのと同じように古い電車だが今度は車体が茶色だ
「あら、また古い電車、今日は珍しいですね」
介護士が婦人に向けて驚いたような声を出す
「ほんとうやね、古い電車、たくさん残しているのかしら」
電車から降りてきた女が二人の前を歩いていく
きつい化粧に派手な赤系統のビロウド地らしいワンピース
黒いベルトには金の飾りが見え、肩から如何にもブランド物というバックを下げている
その女は肩で風を切るという表現そのままに威勢よく去っていく

その女を見た婦人がふっと呟く
「あの子、今からお仕事なんやね」
「そうみたいですね、スナックのお姐さんかな」
「いや、あの雰囲気はスナックというより、なにかこう、お色気のほうやね」
そう口に出した夫人は急に泣き顔を介護士に向けた
「吉野さん、どうされたの?」
「うううん、別に、わたしもあんな風に一生懸命だったなって」
「そうなんですか?」
「うん、あなたたち若い世代の人は軽蔑するかもしれないけど」
「いえいえ、いろいろご苦労なさっておられるんですから」
介護士の彼女は「いつもと違う展開になってきた」と思っている
反対方向へ行く阪堺電車が通り過ぎる
パンダの絵柄が車体にプリントされている電車だ

********

もう、どうにもならなくなった
今夜のお米はある、けれど明日の分はない
亭主はけっしてズボラな人間ではないが、運が悪いというのか
うまく金を稼ぎ出すことができない
よしんば、夫に明日、仕事があったにしても
その稼ぎが手元に入るまでには自分たちは干からびてしまう
「ね、もうお金があらへんの、どないするのん」
「いわれても、わしも必死やねんけど、こんだけ雨が続くし、景気が悪いし」
「じゃ、わたしがもう一つ仕事するわ」
「いや、お前、工場の仕事しながらできる仕事て」
「夜の仕事に行くわ、日銭でくれるとこもあるかもしれへん」
「いや、それはやめてくれ、夜の仕事言うたらお前・・」

出来る限りのおめかしをし、夫の制止を振り切ってアパートを出た
といっても、着るものもほとんどは質入れしてしまっていて、ろくなものがない
せめて化粧だけでもと、自分でも「お化けやな」と思うほどにした。

まだ日が長い夏の夕暮れ、阪堺電車が「うおーん」と唸ってやってきたあの景色を
わたしは今も忘れることができない
蛾や甲虫が飛びかう電車の車内
その窓に、渡ってはいけない危ない橋を渡ろうとする自分の顔が映し出される
怖い顔だと思った

車内のほかの乗客すべてが幸せに見え、その幸せを恨みたい気持ちになった
十分ほどで、そこだけが高架の、
線路の下からホルモン焼の匂いが漂う停留所に降り立った

意を決して道を歩くも
知る人に出会うことなど稀な街なのに、人目を隠すかのように歩いたあの夜
案内所のようなところでいきなり「わたし、働きたいんです!」と叫んだ自分

そして、そのまま連れていかれた菓子商のような間口の店で
教えられた吐き気がするような客への仕事を
ほんの数十分後にはやってのけた自分があった

もちろん、家では夫が怒った
「生きるためにウチが必死でやっとンや、あんたに文句を言われる筋合いはないわ」
そう言い返されると、何も言えずうなだれる夫
けれど、あの夜の
初めて赤の他人に身体を任せたときの
なんとも言えない嫌な感覚は今も身についていて時々自分を襲う

それから三年、嫌な仕事を続けた
相手にした男は千人にも上っただろうか

だが、そのおかげで、さすがに少しカネが溜まり、小さな喫茶店を出した
その店も何十年かやって、身体が言うことを利かなくなってから閉めた
夫は店ではよいマスターでいてくれたが、夫との夫婦関係は一切なくなった
妻としての自分を許してはくれていなかったのだろう

そしてその夫も、店を閉める少し前に他界した
夫は多分最後まで自分を許していなかったろうし
あのとき、不甲斐なかった夫自身を攻め続けていたのだろう

******

阪堺電車が行く。
連接車と言われる、スマートで大きな電車だ
静かに滑るように去っていく
「あんたは、わたしみたいな無茶をしたらあかんで」
そう言いながら夫人は涙を拭う
車椅子を止めたまま話を聞いていた介護士は
ただ、空を見つめ涙をこらえていた



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