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山陽電車

別府駅の270形

神戸市の西郊を都心へむけて走る山陽電車の普通車・・鈍行に乗っていたのは、これは僕の趣味でもなんでもなく、ただ、特急が混んでいたから・・
そして僕は別に急がなければならぬほどの所用であるわけでもなく、座って移動できればそれに越したことはないという理由からだ。

その山陽電車3000形の妙に深々とした座席に腰掛け、向かいの窓から見える景色を見るともなくただ目を時折、向かいの窓の外に向ければそれはそれで海が見えるし、淡路島も見える・・絶景といえるかもしれないけれど、それを絶景というにはあまりにも身近な電車であるのは確かだ。

よせばいいのに過ごしすぎた昼酒の、重い余韻が胃のあたりに蹲る。
景色を見ているのか、それとも眠っているのか、自分でも判然とせず、ただ、長い座席の真ん中のあたりにだらしなく足を投げ出して腰を掛けていた。

電車は板宿駅の手前から地下に入り、トンネル特有の轟音が響く。
停車した駅から賑やかな一団が乗車してきたけれど、煩いとは思いながらも既に目を瞑った僕は、遠くの世界で煩い音を聞きながら異次元の世界へ向かっていたのかもしれない。

一瞬、眼を覚ました僕に飛び込んできたのは、母親らしき中年の女性と、彼女に引き連れられた四人の子供たち。
女性はたぶん、きちんと化粧をすればそれなりの美しさは出せるようにみえるけれども、長い髪をバンドで止め、けれども、その髪は何日も洗っていないかのごとく、不潔に満ちている。
子供たちはといえば、一番上の男の子は利発そうな眼をしたくりくり頭で、その次が女の子だろうおかっぱ頭は母親と同じく何日も洗っていないかのよう、その二人は多分、小学校高学年か。
そして双子だろうか・・幼稚園に入るかはいらないかの年頃の小さな女の子が二人。
さすがにこの双子だけは愛らしい洋服を着せてもらって、髪にも飾りがついている。

そのうち、双子が喧嘩をし始めた。
それを上の女の子がたしなめるのだけれど、双子は言うことを訊かないどころか、お姉ちゃんを罵倒し始める。
上の女の子がかえって半泣きになると、今度は利発そうな長男が双子をたしなめるのだけれど、既にいきり立っている小さな意地っ張りはそんなことでは収まらない。

母親が一喝する。
「静かにせなアカンやろ!」
だが、騒ぎたい盛りの双子がそんな言葉を聞くはずもない。
余計に相手やお姉ちゃんやお兄ちゃん、そしてお母さんさえも罵倒の中に入れ、騒ぎは大きくなる。
「他の人に怒られるで!あの怖そうなおっちゃんにも」
母親はこともあろうに、僕を指差した。
怖いおっちゃん・・そうかもしれない・・
無精ひげを伸ばし、つっかけを履いてだらしなくロングシートに座る僕は「怖いおっちゃん」の部類かも知れない。
僕はちょっとしたサービスのつもりで双子を睨みつけてやった。
睨まれた双子は、一瞬にして黙り込んで俯いてしまう。

やがて、小さな声で「あっこちゃんが悪いんやもん」と呟くのが聞こえる。
「ちがう、よっこちゃんやもん」「あっこちゃんやもん」「よっこちゃんやって・・悪いの」
母親はその二人に「シー!」と人差し指を口に当て、そして、僕のほうを見るしぐさをした。
僕は仕方ないからじっと双子を見詰めてやる。

新開地の駅が近づくと、その家族の一団は立ち上がり、ドアの前に勢ぞろいする。
電車が停車する直前、母親であるらしいその女性が僕に近寄ってきた。
「ごめんなさいね・・煩かったでしょう」
そういって、僕の手に握らせてくれたのは新しいマイルドセブン、煙草だった。
「いえいえ、気にしてないですよ・・」
そう言って僕は煙草を返そうとした。
僕は煙草は吸わない。
「ごめんなさい・・」
頭を下げながら、無理に僕に煙草の箱を渡して開いたドアから出ていく女性の洗濯ずれした洋服の後姿に、僕は見てはならないもの、思い出してはならないものを見たような気がした。

電車がまた走り始め、トンネルの轟音が車内に響き渡ると忘れていた記憶が呼び起こされ、僕の眼が霞んでいく。
涙がこぼれ始め、僕はもうその電車に乗り続けることが出来なくなった。
高速神戸駅で電車を降り、涙を他人に見られていないか気にしながら、僕はホームの端の階段を上り、改札を抜ける。
・・この上に神社があった・・
そう思い出すと、地下街の通路から地上に出て、湊川神社境内の楠木の大木を目指した。

楠木の根元のベンチでようやく一息ついた。
まだ涙が止まらない。
秋の風がひんやりと頬をなでてくれる。

僕は神戸の湊川で生まれた。
当時、両親は新開地の理髪店で働いていて、湊川商店街近くのバラックのようなアパートの二階、4畳半一間の部屋に住んでいた。
父は大阪の商家を飛び出して、親と絶縁し、神戸の店に住み込みで来ていた。
母は、その店で住み込みの手伝いをしながら、理容師の免許を取得したという。
それはともかく、僕が最初に眼にした鉄道は、自宅のすぐ近くを走っていた神戸市電であったのは間違いがなく、その次はどこだろうか。
上沢通りの湊川トンネル脇の、石垣作りの築堤の地下から出ていた神戸電鉄だろうか。
あるいは、母方の祖母が再婚した相手と住んでいた須佐野通り近くの路上を走っていた山陽電鉄だろうか。
いずれにせよ、山陽電車との付き合いは僕が実際に沿線に住むずっと以前から始まっていた。

母方の祖母は、須佐野通り・・今の駅前通りになるのだが・・に移る前、神戸電鉄の鵯越駅近くの文化住宅に住んでいて、だからか、この二つの電車に乗る機会は多かった。

当時の山陽電車といえば、決して綺麗ではないうす汚れた電車が、兵庫駅のこれまた綺麗ではないターミナルを出ると、さして幅の広くない道路の上を路面電車よろしくゴロゴロと転がっていき、市電と道路上で平面交差し、今の長田警察辺りにあった長田駅の、吹けば飛ぶような小さな駅へ吸い込まれていくのだった。
町のど真ん中を、路面電車の数倍はあろうかという大きな電車が、二両や三両で転がっていく・・
それは子供心にも何やらとんでもなく時代がかった風景というようにしか見えなかった。

その山陽電車は僕の思い出の中に幾度となく登場するのだけれども、後に大阪へ転居し、大阪で六年の辛酸を嘗め尽くした父は、やがて家族を連れて兵庫県の加古川市、山陽電車沿線の別府(べふ)へ行き、そこで鉄鋼所の仕事をすることになるのだけれど、半年ももたずに亡くなった。

僕が突然に思い出した風景とは、別府に住んでいた頃の、まだ父が体調を崩さなかったごく短い時期からの山陽電車の中での風景だ。
父は春に加古川に家族を連れて来て、秋になる前に亡くなった。
だから、最初の思い出は夏になる前の頃ではなかろうか・

その日、懐具合が多少は良かったのだろう。
父は家族全員を新開地へ連れて行ってくれた。
新開地には、理容をしていた頃からの馴染みの中華料理店があって、そこへ家族を引き連れて食事をしようというものだった。
別府駅から普通電車に乗り、東二見で特急に乗り換える。
当時の特急電車はすべて3000形で、空いている夕方の上り電車の中、家族で長いシートを占拠し、並んで座った。
一番下の妹はまだひとつにならず、母は電車の中というのに、赤子に乳をやる。
今のように、駅などに授乳室があったりするわけではないし、母は母乳が非常に良く出たから、粉ミルクを買うこともなく・・けれども外出時に堂々と乳を出して赤子に与えるのは・・さすがに中学生になった僕には恥ずかしかった。

我が家の家族は両親、男の子二人、女の子四人の八人家族で当時といえど子沢山だった。
長男が僕で、当時中学生、その次が弟で小学校5年生、その次からが女の子で小学校三年生、一年生と、三歳、それに乳児で六人きょうだいだ。

その日の新開地で、僕たち家族は新開地で今も理髪店に勤めている父の親友と偶然に再会する。
既に中華料理をたらふく食べた後だったが、父の友人の誘いでもう一軒行ったか・・
帰路にはその友人を加古川・別府の我が家といっても、古い平屋の社宅だが・・そこに呼ぶことになり、さらに賑やかに山陽電車に乗り込むことになった。
つり革に摑まりながら、楽しげに話をする父とその友人、そして赤子を抱きながら相槌を打つ母。
ほかの子供たちはそれぞれが買ってもらった漫画や小学生向けの雑誌などを眺めながら、あるいは、きょうだいの見ているものを横から覗きながら、時にはページをめくるのが速いとか、付録が欲しいとか喧嘩のようなことになりながら別府駅まで帰ってきたことだった。
片側にドアが二枚の、大きなモーター音を立てる旧型電車、その明るくない車内での我が家全員と父の親友とのひとコマの残像である。

もう一つ、山陽電車の記憶といえば、その父が亡くなってまもなく、六人の子供をばらばらに親戚に分けて、母の自立を促そうという親族たちの方針が決まりつつあった頃、何の用事でかは知らないが、母が子供たち全部を引き連れて、その頃は地下化された大開駅近く、須佐野通りの母方の祖母宅へ行ったときの残像。
母は楽しげではなく、子供たちにも重い空気が漂っていた。
赤子はともかく、三歳の妹はぐずるし、僕は弟と言い合いになるし・・
その言い合いの中身は忘れてしまったけれども、それは僅か数か月前の幸せな家族の風景とは一変したけれど、ほとんど子供を注意するとき以外は口を開かぬ母の、悲壮なまでの強い決意だけは僕にも感じることができた。

母の決意は「子供は絶対にバラバラにしない、どんなに苦しくとも自分がすべて育てる」というものだった。
山陽電車は地下に入り、トンネルの轟音が不安を掻き立てる。
そのときの母の決意がその後、幸いしたかどうかは今もって僕にはわからないのだが、少なくとも兄弟姉妹、寂しさだけは感じずに育ったのは確かだ。
夜の帰宅電車。
ロングシートで眠りこけるちいさな妹たちを、僕はただ不安な気持ちで見ていた。
いくらなんでも、六人の子供を派は一人で育てるというようなことができるのだろうか。
多少は世間を見るようになった中学生であるが故の不安だった。

別府駅で降りたとき、新幹線の派手なスパークがすぐ傍を通過していく。
あの「ひかり号」はどこか怖いところへ向かうのではないか・・泣きそうになるのは兄弟姉妹の中で僕だけだった。
いや、母は本当は泣きたかっただろう。
まだ三十代中ばの若い女性だった母が、僕たちのために自分の青春を犠牲にしてくれたこと、これは今の僕だからこそ、申し訳ないと思えるものでもある。

思い出さず封印してきた風景を呼び出し、ようやく僕の心は落ち着いてきた。
秋の空が楠の大木の上に広がる。
僕は今日の三宮での買い物をやめて、馴染みの立ち呑み屋に向かうことにした。
新開地駅の構内、地下にあるその店で、馴染みとは言ってもほとんど店の人と会話らしい会話をしたことのないところだったが、なぜか、雑踏の横の暖簾をくぐっただけというあの空間が好きで、時々立ち寄るのだ。

焼酎を何杯もあおり、何十年かの苦い思い出を一気に呑み込んでいく。
けれど、思い出などは酒で呑みこめるほどに薄いものではなく、酒の力は思い出にはるかに及ばない。
やがて、その反動は悪酔いとなって僕に襲い掛かる。

既に頭の中まで回り始めてから勘定を済ませ、店の暖簾を出る。
地下通路の喧騒の中、改札口へ入って階段を下り、停まっていた電車に乗り込んだ。
山陽電車の普通電車だ。

座って前を見ると、先ほど見かけた親子が同じように座っている。
子供たちは疲れたのか無言で、母親は暗い表情をしてあたりを見回している。
僕はやおら立ち上がり、その母親の前に立った。
「あの・・さきほどの・・」
母親は一瞬、怪訝な表情になったがすぐに思い出してくれたのか、すこし笑顔になった。
「さきほどはすみませんでした」
そういってきちんと頭をを下げてくれる。
先ほども思ったけれど、きちんと化粧して髪を手入れすれば年齢相応、あるいはそれ以上の美しい女性になりそうな人だ。
「いえいえ・・」
酔っている僕は自分の動きが大仰になるのに自分でもおかしく感じながら、彼女に先ほどの煙草を差し出した。
「これ、僕は吸わないのでお返しします・・」
「あら、そうでしたか・・失礼しました・・」
「煙草・・お吸いになるのですか?」
「いえ、これは主人が好きだった煙草で・・ちょうど墓参りにいくのでお供えに持っていたものです」
電車は発車した。
3000形の普通電車は、モーターの音こそあの頃の電車のように激しくはないが、それでもトンネルの轟音が車内に広がる。
「ご主人・・亡くなられたのですか?」
「ええ・・春に・・」
「すこし、お話・・よろしいですか?実は、僕もあなた方を見て思い出してしまったことがあるんです」
警戒するかと思っていたその女性は、意外にも自分の席の横をすこし空けて、僕が座るようにしてくれた。
電車は大開駅を過ぎ、高速長田駅へのトンネルをやはり轟音を車内に閉じ込めながら走っていく。

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