無料レンタル FC2 Blog Ranking story(小さな物語) 2012年04月

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Author:kou1960
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晴れているが光にソフトフィルターがかかったかのような黄砂の漂う春の午後だ
僕は舞子駅から快速電車に乗り二人がけの座席に空席を探したが生憎見つからず
車両の端の向かい合わせのボックスシートに居場所を決めた

特に用事と言うほどのことはなく
ただ春ののどけさ
愛飲しているカップ焼酎を幾本か持ち込んで
車窓と電車の揺れ、それに規則正しいレールジョイントの音を楽しむ
僕の用事といえばそれだけのことだ

晴れているが光にソフトフィルターがかかったかのような
黄砂の故か遠くまでは見渡せない
快速電車は須磨あたりの海の傍を眠気を振り払うかのようにせっせと走る

特に用事というほどのことはなく
ただ夜勤明けの頭の芯に残る疲れを癒したくて
安上がりの酔いと電車の揺れや規則正しいレールジョイントの音で
身体も心も癒したかったそれだけのことだ

電車は海沿いを離れ神戸の街中へ進んでいく
住宅地から都心へ地平から高架へ
黄砂の霞で輪郭がにじむ六甲連山の端の山々を眺め
神戸の春を実感しながら
回り始めた焼酎の酔いに身を任せ電車は進んでいく
僕のボックスシートに他の誰かが座る気配はない

電車は三ノ宮のビル街を過ぎ神戸の東側へ入る
ビル街から工場街へ高架から地平へまた高架へ
六甲道の高架橋を駆け上がると六甲連山の中枢
摩耶六甲が黄砂の霞に煙るのを
さらに進む焼酎の酔いに身を任せ電車は進んでいく
六甲道駅に停車しても僕のボックスシートに他の誰かが座る気配もない

このあたりの高架を走る電車に乗るとき
僕はいつも決まってある建物を見つめる癖がある
六甲の中腹よりやや下のほう
競りあがるかのような住宅街のその先に屹立する古めかしく大きな建物

ああ・・
君は今もそこで仕事をしていると
ああ・・
君は今も独り身を貫いてそこで生きていると友人たちからの噂には聞く

酔いが思いを募らせ
酔いが心を震わせる
だが
かつては苦しいほどに君に会いたかった僕の心は
あれから二十年という時間の経過が鍛えたのか
それとも思いは既に瘡蓋のようなものになって傷は既に癒えているのか
かつてはずっと心に存在して消えることのなかった君の姿は
今や時折現れるだけだ

電車は高架を下りて住吉駅に停車する
ドアが開くと思いのほか沢山の乗客が勢いよく入ってくる
それでも、窓框に焼酎カップの空き瓶を並べ
明らかに酔っ払いとわかる僕のボックスシートには誰かが座ろうとしても避けてしまう

電車が加速して構内から出た頃
やたらマンションが目立つ車窓に僕が目を向けていたそのとき
ふっと人の気配がした
僕のボックスシートの僕の斜め向かいに
風のように柔らかなスカートが座った

小柄な女性だった
年の頃は僕と同じくらいか少し下だろうか
彼女は僕と目を合わさないように通路を挿んだ反対側の車窓に目を向けていた

僕は酔いの任せる無遠慮さゆえか
その女性をたぶん嘗め回すかのように見たのではないだろうか
女性は僕の視線に気付き
そして青みがかった大きな眼で僕を見つめた
ふっと笑みをこぼす

引き締まった口元
ぴくんと宙に向かう形のよい鼻
小さな肩

「あら」
彼女はいきなり屈託なく僕に語りかける
「ひさしぶりじゃわ」
青みがかった大きな眼は僕を見つめる
「大野くんでしょ」
彼女に声をかけられたた僕は咄嗟には言葉が出ず
涙がいきなり溢れ出た
フィルターがかかったかのように彼女が霞む

「なんかね・・この電車、乗ったときから不思議な感じがしとったんよ・・」
柔らかなちょっと低いトーンの声に広島弁のイントネーション
薄い化粧は年齢を隠そうとしておらず
それでも周囲を華やかにさせる何かが広がる

ああ・・
そういえば君と電車に乗り向かい合って座ったことがあった
あれは・・岩国の錦帯橋を見に行くときの電車か

色あせた薄緑の内装に質素な直角のボックスシート
開閉式の大きな窓を全開して君は僕の前に座っていた

粗末なアルミの窓框に肘をつき
風に髪が靡くというよりも激しく振り回され
折角の髪型が崩れるのも意に介さず
胸元の開いたブラウスから白い肌が見え
もう少しで下着はおろか控えめな胸の膨らみすらも見えそうで

僕らの座席横に立っていた男子高校生が
時折君の胸元を盗み見るのが僕にはどうにも心配だったあの日
そこは僕だけにしか見せて欲しくない秘密の丘だった
思えば君も僕もまだ二十代の
何も知らぬ能天気な二人の旅だったか・・
いや、何も知らず能天気だったのは僕だけだったのかもしれない

あのときの電車はレールジョイントと言うような優しいものではなく
激しいリズムと騒音が車内に満ちて
乗り心地と言うような上等なものではなく
激しく揺さぶられるその振動に身を任せながら
君が広島弁丸出して口元から出す愚痴を僕は真に受けて真剣に聞き入っていた

僕らが今乗っている快速電車の窓は固定ガラスで
騒音と言うよりも快適なレールジョイントのリズムがBGMのように車内に広がり
揺れと言うほどの揺れはなく心地よく身体を僅かに揺らせてくれ
車内には立派なロマンスシートが並ぶ

「どしたん?会いたくなかったん?」
女性は僕を見つめながらそれでも語りかけてくれている
「いや・・」
「ん?」
相変わらず強い赤の口紅が似合う
「夢のような・・」
「夢?アタシと会ったこと?」
「うん・・」
「そうなん・・大野くん、アタシのこと、ほんに好きじゃったもんね」
悪戯っぽく笑うその女性は紛うことなく君だった
まさしくあれから二十年後の君だ
「泣いとるん?」
「ああ・・嬉しくて・・」
ソフトフィルターをかけた写真のように君が霞んで見える

「仕事、あのまま続けてるって聞いたけど」
「うん、続けとるわ・・あのまんまじゃ」
「僕は今、写真の仕事はしてないんだ」
「アタシも知ってるもん・・あなた、今は写真の仕事辞めてタクシーに乗っとるんじゃろ」
「やっちゃんか、それとも、ゆきちゃんから聞いた?」
「さあ・・あなたもまだ、みんなとお付き合いはあるじゃろし」
「うん・・みんな友達の奥さんだしな」
「あの頃が懐かしいなぁ・・」
「うん」
「アタシね・・」
「ん?」
「あのとき、あなたと結婚しとったらよかったかなぁ・・って、ちょっと思うことがあるんよ」
「へぇ・・嬉しいことを言ってくれる」
「でも、そう思えるようになったん、ここ何年かなん」
「じゃ、それまでは・・」
「あなたはただのストーカー・・」
そう言って君はあたりを憚らず大きく笑う
ああ・・まさしくこの奔放さが君なのだ

「昼間っから電車で焼酎呑んでるの?」
「ああ・・糖尿病で・・日本酒やビールは駄目だから」
「いや、糖尿病とか関係ないじゃろ・・そういうことじゃなく・・昼間から電車で呑むの・・」
「まあなぁ・・」
「あの頃は真面目一徹やったのに・・今は酔っ払いなんやね」
「うん・・ただの酔っ払いって、僕にとって誉め言葉」
「あはは・・いいなぁ・・今のあなたとなら本当に結婚しても良いかも・・」
「ただの酔っ払いとか」
「そ!ただの酔っ払いと!」

話は尽きず
それでも某駅近くのホテルで仕事関係のセミナーがあるからと
君はそう言って電車を降りていった
柔らかなスカートを靡かせて快速電車に残る僕に笑顔で手を振り
発車する電車をホームに立って軽く手を上げて見送ってくれる
その君の姿がソフトフィルターをかけた写真のように滲んで見える

一緒にいたのは僅か十五分ほどか
僕はまた焼酎の次の瓶を開けた
それを一気に腹に流し込んだらすぐに眠ってしまったようだ
気がついたのは電車がもう京都駅に着こうとする頃
夕刻の沢山の線路が分岐し広がる構内を
快速電車は忙しなく不規則なジョイントの音を奏でながら
巨大なビルのある駅に進入して行くところだ

僕は本当に君に会えたのか
あれは夢だったのではないのか
あるいは幻だったのではないか

あまりに会いたくて会いたくてしかたのない君の幻影を
焼酎の酔いが見せてくれたのではないだろうか
きっとそうなのだ
安物のテレビドラマのような出会いが僕の前にあるはずがない

京都駅の跨線橋を人込みに紛れて歩きながら
ジャンパーのポケットに手を入れると何か紙のようなものがあった
取り出してみるとそれは名刺で
「K総合病院 看護師長 吉川直子」とある
広島の人だが「きっかわ」ではなく「よしかわ」と読む

君は僕と結婚してくれるかもしれないが僕が重婚をすることなど出来るはずもなく
ソフトフィルターをかけた写真のように京都駅の人込みが滲んで見えた

(銀河詩手帖252号掲載作品・著者名那覇新一)
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