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Author:kou1960
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阪堺電車

阪堺線162


あの日の大阪の方の空は真っ赤やってんよ。
奈良の親戚のところへ疎開させられていたから
私は空襲を知らへんの

でも、疎開先でいじめられてん
かばってくれた叔父さんが頼もしかったわ

車椅子に乗り、若い女性介護士に押してもらいながら
婦人は何度も喋ってきたことをまた繰り返す
横断歩道の途中には阪堺電車の、石畳の敷かれた線路があり
介護士には車椅子が押しにくい
遠くに電車が見えるが、路面電車ゆえ、まだ当分はここまではやってこない
ガタガタと揺れる車椅子、線路のところで詰まるようになりながら
それでも介護士は「えいっ!」と車椅子を強く押す

グイッと前のめりになりながら
介護士・被介護者の婦人はそこを乗り越える
「いつものことやけど、ここ、通りにくいですね」
苦笑しながら介護士が婦人に話しかける
「阪堺電車の線路ですもんね」
「仕方ないやんね、あなたにはしんどいやろうけど」
そういいながら線路のある道路を渡り終えたとき
ふっと思い出したように婦人が喋る

「子供の頃はこの電車で浜寺や大浜へ泳ぎに行ったもんやわ」
「そうなんですね、こんな都会にも砂浜があったんですね」
ここまではいつもの会話だ。

その時、深緑色の古い電車が近づいてきた
やってきた電車を見て、婦人が、いつも言わないことを言う
「まあ、懐かしい電車・・」
「あら、本当、えらい古臭い電車ですね、鉄道ファン向けに走らせてるのかしら」
「電車ばかり追っかけてる人たちって、おるよね、なにがおもろいんやろ」
婦人がそういって笑う
二人の真横を古い電車は「うおーん」とモーターの音を唸らせてゆっくり通過する

「この電車って、吉野さんが子供のころから走っているのと同じなんでしょうかね」
「そうねぇ、たぶん、見た感じはあの頃のまんまの電車だわね」
「そうしたらこの電車も八十歳くらいなのかしら」
「ほんまやね、長生きの電車よね」
いつもと違う会話になった、介護士は珍しいことだと思う

狭い商店街を車椅子を押す介護士と、その車椅子に乗る被介護者の二人が行く
「吉野さん、お久しぶり、今日はええお天気で良かったな」
八百屋の兄さんが語りかけてきた
「そやねん、このところお天気が続かへんで、お買い物もできひんかったしね」
「そやな、雨が多かったな・・ほんで今日はなんにしよか」
「う~ん、一人やからたくさん食べられへんしなぁ」
「いやいや、大根半分でも、三分の一でも、四分の一でもええで」
「きゅうり一本とかでも」
「きゅうり、一本言わんと半分でも売らせてもらいまっせ」
「ほな、半分は悪いからきゅうり一本と、トマト一個、キャベツ半分の半分・・」
「はいよ!それまとめて袋に入れてセットにしとくさかい」
「ああ、おおきにな、いつも助かります」

八百屋の兄さんと婦人が会話して、介護士が預かっている財布から小銭を取り出す
「まいどおおきに!」
明るい声に送られて二人はまた歩き出す

車椅子を挟んだ二人は、もと来た方向へ向きを変えてまた線路のほうへ向かう
「あんなこま切れの買い物、あのお店でしか、させててくれへんからな」
婦人が介護士に言うでもなく呟く
「ほんとうですね」と介護士も軽く返す
けれど介護士の彼女は
「スーパーやったらきちんと小分けでパックしてくれてるのに」といつも思っている
この婦人、吉野さんは、マンション近くのスーパーはお気に入りではないらしい
それが故、気分のいい日には線路を横切らねばならない八百屋まで行きたがるのだ

線路のある道路に出ると電車がすぐ近くに見えた
停留所に停車して客を降ろしている
さっきのと同じように古い電車だが今度は車体が茶色だ
「あら、また古い電車、今日は珍しいですね」
介護士が婦人に向けて驚いたような声を出す
「ほんとうやね、古い電車、たくさん残しているのかしら」
電車から降りてきた女が二人の前を歩いていく
きつい化粧に派手な赤系統のビロウド地らしいワンピース
黒いベルトには金の飾りが見え、肩から如何にもブランド物というバックを下げている
その女は肩で風を切るという表現そのままに威勢よく去っていく

その女を見た婦人がふっと呟く
「あの子、今からお仕事なんやね」
「そうみたいですね、スナックのお姐さんかな」
「いや、あの雰囲気はスナックというより、なにかこう、お色気のほうやね」
そう口に出した夫人は急に泣き顔を介護士に向けた
「吉野さん、どうされたの?」
「うううん、別に、わたしもあんな風に一生懸命だったなって」
「そうなんですか?」
「うん、あなたたち若い世代の人は軽蔑するかもしれないけど」
「いえいえ、いろいろご苦労なさっておられるんですから」
介護士の彼女は「いつもと違う展開になってきた」と思っている
反対方向へ行く阪堺電車が通り過ぎる
パンダの絵柄が車体にプリントされている電車だ

********

もう、どうにもならなくなった
今夜のお米はある、けれど明日の分はない
亭主はけっしてズボラな人間ではないが、運が悪いというのか
うまく金を稼ぎ出すことができない
よしんば、夫に明日、仕事があったにしても
その稼ぎが手元に入るまでには自分たちは干からびてしまう
「ね、もうお金があらへんの、どないするのん」
「いわれても、わしも必死やねんけど、こんだけ雨が続くし、景気が悪いし」
「じゃ、わたしがもう一つ仕事するわ」
「いや、お前、工場の仕事しながらできる仕事て」
「夜の仕事に行くわ、日銭でくれるとこもあるかもしれへん」
「いや、それはやめてくれ、夜の仕事言うたらお前・・」

出来る限りのおめかしをし、夫の制止を振り切ってアパートを出た
といっても、着るものもほとんどは質入れしてしまっていて、ろくなものがない
せめて化粧だけでもと、自分でも「お化けやな」と思うほどにした。

まだ日が長い夏の夕暮れ、阪堺電車が「うおーん」と唸ってやってきたあの景色を
わたしは今も忘れることができない
蛾や甲虫が飛びかう電車の車内
その窓に、渡ってはいけない危ない橋を渡ろうとする自分の顔が映し出される
怖い顔だと思った

車内のほかの乗客すべてが幸せに見え、その幸せを恨みたい気持ちになった
十分ほどで、そこだけが高架の、
線路の下からホルモン焼の匂いが漂う停留所に降り立った

意を決して道を歩くも
知る人に出会うことなど稀な街なのに、人目を隠すかのように歩いたあの夜
案内所のようなところでいきなり「わたし、働きたいんです!」と叫んだ自分

そして、そのまま連れていかれた菓子商のような間口の店で
教えられた吐き気がするような客への仕事を
ほんの数十分後にはやってのけた自分があった

もちろん、家では夫が怒った
「生きるためにウチが必死でやっとンや、あんたに文句を言われる筋合いはないわ」
そう言い返されると、何も言えずうなだれる夫
けれど、あの夜の
初めて赤の他人に身体を任せたときの
なんとも言えない嫌な感覚は今も身についていて時々自分を襲う

それから三年、嫌な仕事を続けた
相手にした男は千人にも上っただろうか

だが、そのおかげで、さすがに少しカネが溜まり、小さな喫茶店を出した
その店も何十年かやって、身体が言うことを利かなくなってから閉めた
夫は店ではよいマスターでいてくれたが、夫との夫婦関係は一切なくなった
妻としての自分を許してはくれていなかったのだろう

そしてその夫も、店を閉める少し前に他界した
夫は多分最後まで自分を許していなかったろうし
あのとき、不甲斐なかった夫自身を攻め続けていたのだろう

******

阪堺電車が行く。
連接車と言われる、スマートで大きな電車だ
静かに滑るように去っていく
「あんたは、わたしみたいな無茶をしたらあかんで」
そう言いながら夫人は涙を拭う
車椅子を止めたまま話を聞いていた介護士は
ただ、空を見つめ涙をこらえていた

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家出

雪の客車

雪は夜になる前に上がり、月明かりが煌々と辺りを照らす。
ここ数日で降り積もった雪が月に照らされた明るい夜だ。
好夫は「しまった」と唇を噛む。
これでは自分たちの行動が月と雪に照らされて丸見えではないか。
誰もが年末年始の多忙を過ぎた今だからこそ、ひっそりと実行できる計画だったはずだ。
それにこの月夜、そして大雪だ。
元より、さほど雪の降る地域ではないがこの年はことさらに雪が降った。
雪だけならさほど問題はない、だが、雪のあとの月夜となると、街灯の乏しい田舎とはいえ自分たちの姿を見られることのリスクを思わずにはいられない。

揖斐へ向かう近鉄電車の四つ目が彼女、悦子の家の最寄り駅だ。
そこはちょっとした町の中心的な駅でもある。

古い電車はモーターの唸りを上げて雪原を走る。
好夫は思わずため息をつく。
「中止したい」
そう思うが、もはや悦子に連絡を取る手段はなく、彼女はもう、好夫がカーテン生地で作った縄を部屋の柱に結びつけているころだろう。
こういう時、なぜに女は強いのかと思うが、それもため息のもとでもある。

好夫の心配をよそに、電車は気持ちの良いモーターの音を立てる。
窓の外は月に照らされた雪が広がるばかりだ。
あの町の神社の陰に、すでに悦子は向かっているだろうか。

今夜決行することは決めていた。
所謂、駆け落ち、家出である。
北風が吹きすさぶ真冬の夜ならば、たとえ家を出たことが家人に分かっても追っては来れないだろうという浅はかな考えからだった。
だが、自分の浅はかさを天に笑われたかのようなこの明るい夜はどうだ・・

そして好夫にはもう一つの不安があった。
それは今夜これから二人で落ちていくその行先を未だ決められずにいたことだった。
夜汽車に乗って遠くへ・・・
そう直感して決めたものの、その遠くがどこなのか、東京なのか、大阪なのかはたまた九州なのか・・

だが、手元に持ち合わせもあまりない。
まさか一銭の金も持たずに二人で過ごせるはずがないことは十分わかっているつもりだ。
それゆえできるだけ、鉄道の運賃にはお金をかけたくないという思いもあった。
けれどまた、近く・・例えば名古屋あたりだとすぐに親戚に見つけられてしまうだろう。
鉄道の運賃に使えるのは片道500~600円と言ところだろうか。
その当時、これだけあれば大垣から関西には行くことができた。
それゆえ、好夫の頭の中にはぼんやりと「関西」という方向性が浮かんでいた。

夜の広神戸(ひろごうど)駅で電車を降りる。
駅員にも顔をあまり見られたくない。

外套で顔を隠すように改札を抜ける。
夜の雪道を歩く・・・・降ったまま凍った雪が靴の裏で音を立てる。

夜の町は雪と月に照らされ、夜とは思えぬほどに明るく、美しい。
「わしは・・たわけじゃが」
凍てつく街を歩きながら独り言が出る。

******

その頃、町はずれの農家二階では悦子が、支度に余念がない。
「なんも持つな、からだ一つでええて」
そう好夫に言われたものの、女としてはせめて必要なものをバックに詰めるくらいのことはしなくてならなない。
息を殺し、階下の両親や兄に悟られないように、支度をする。
そのとき、いきなり襖が開いた。
母だった。
「なん、しよんね」
悦子は声が出ない。
バックを背中に回し、身体は母のほうに向かうが母の顔を見ることができない。
「あんたなぁ、ええ具合に先のこと、考えとんかい?」
声が出ない。
「どないするんや、生活していったら相手のおぞいとこも見えるでな」
嫌だ、どうあっても今夜、ここを出るのだ。
彼と二人で・・・

「まぁ、ええわい」
母はため息をつきながら、悦子の手に封筒を持たせた。
「え・・・」
「これだけしか、うちにはできん・・堪忍やで」
分厚い封筒にはいくらの紙幣が入っているのか見当もつかない。
「お母さん・・」
「ようけはない、お前の嫁入り用にと貯めよったんじゃ・・まだ、ちいとやでの」
「うち、そんなんしてもろうたら・・・・・」
「ただし、お父さんの立場もある、玄関から出てくんは・・あかん・・」
母はそういうと立ち上がり、襖を閉めて階下へ降りていく。
悦子は声を上げて泣いた。

******

好夫が神社の境内に着いても、悦子の姿がない。
しばしそこで待ったが、何かあったかもしれないと思うと居ても立っても居られない。
神社からほど近い悦子の家の前までくると、二階の悦子の部屋にだけ明かりがついていた。
何やら動くものがある。

まさか、声を上げるわけにもいかず、傍の木の枝を叩いてみた。
雪が好夫の頭の上に落ちてくる。
悦子は部屋の柱にシーツで作った縄を結んでいるところだったが、好夫の姿に気が付いたようだ。
小柄な彼女が一生懸命にシーツを結び、それに伝って降りようとする。
元より、好夫が考えたこととはいえ、危険極まりない。

さきにバックを放り投げてきた。
雪の上にバックが落ちる。
好夫は慌ててそれを拾い、自分の立っている木の根元に置く。
続いて間髪を入れず、悦子が縄にぶら下がる。

危なげな格好で、シーツの縄にぶら下がった悦子は、一瞬、うまくそのまま地面まで滑り降りるかと思ったが、すぐにシーツが切れた。
彼女は2メートルほど落下した。
ドサッ!
雪の上に尻から落ちた。
「大丈夫かや!」
思わず声が出てしまう。
「雪が積もっとってよかったがな・・」
悦子はそういい、好夫を見て、そして笑った。
「お尻が・・くろにえとるかな?」
「雪やからの、大丈夫やろ」

好夫がそう答え、悦子がまた笑う。
二人は雪を払い、駅へ向かう。
早くしないと最終の大垣行きに乗り遅れてしまう。

辛うじて最終の大垣行きに乗れた。
本日最後の切符を売った後は何も知らんとでも言いたそうな駅員から切符を買い、やがてやってきた古臭い電車に乗り込むが他に乗客はいない。
好夫から見た悦子は能天気に構えているように見える。
だがそれは悦子から見た好夫も同じでやはり能天気に構えているように見える。
さして速度を出さない田舎の電車は、雪明りのだけが光る夜の田園を走る。

大垣駅に着いたのは深夜11時過ぎ、古風な電車から降りて国鉄と共用の改札口へ向かう。
「ねえ」
悦子が好夫に問いかける。
「結局、何処まで行くの?」
「ああ・・うん・・」
「もしかして、決めとらんの?」
「いや、そんなことはないんや」
「ね・・何処に行くの?」
「ああ・・神戸や・・ごうど、と同じ字を書くのも縁やろ」
「きちんと決めてるんやね」
「ああ・・」
結局、今日の実行までに行先を決めることはできなかった。
だが、それでも何としても今日でないと悦子を掴むことはできない。
彼なりに必死だったが、悦子にそれがバレないようにしなければならない。

だがここに至って彼の心境は「この先、どうしよう」でしかなかった。

「神戸(こうべ)まで二枚」
出札口で好夫は切符を求める。
千円札では二枚は買えない。
なけなしの金が減っていく。

寒い待合室で二人が肩を寄せ合って待つ。
誰か知った人が来てももう止められないとは思うが、それでも好夫は周囲を気にする。
「0時28分発、門司行き、改札です」
駅員がそっけなくそう伝え、彼らを含め数人が立ち上がる。
ホームに出るとまた雪が降っている。
遠くからヘッドライトの明かりが見え、やがて、汽笛が聞こえる。
「ねえ・・」
悦子が好夫にしなだれかかる。
「もう一回、本当のことを言って・・・」
「本当のこと?今から神戸に行くことか」
「違う、私のことを本当に好きなの?」

だが、悦子の言葉はたくさんの貨車を牽いてやってきた黒っぽい機関車の汽笛で消される。
けたたましい警笛が二人を包む。
そしてそのあとの無数ともいえるたくさんの二軸貨車のレールジョイントだ。

「ねえ、私のこと、好いとるの?」
悦子が大声で好夫に聞く。
「あ・・・ああ・・」
「ねえ、わたし・・こんなに・・」
「なんだ・・・」
貨物列車が通り過ぎた。
遠くにジョイント音が去るが、まだ余韻が残る。
「私のこと、好いとるの?」
「ああ・・もちろんや」
「本当に?」
夜のホーム、足元は雪だ。
遠くにヘッドライトが見える。
「ねえ・・」
「なんだ」
「好きと言って・・」
機関車の警笛が響く。
今度の警笛は心なしか優しく聞こえる。
「汽笛に負けんように言って」
「ああ・・」
「好きと言って」
「ああ・・」
警笛がまた響く。
強いヘッドライトの光の中で二人は抱きしめあう。
「好きだ」
「聞こえん」
「好きだ!!」
機関車に率いられた茶色の客車が彼らの横を減速しながら通過していく。
ガシャ!ガシャ!
列車は金属音を立てて停車する。

客車の扉を押し開け、二人は客室に入る。
思い思の格好で座席を使って寝入っている乗客たちばかりで、彼ら二人の空席が見つからない。
気配を感じたらしい一人の壮年が彼らに声をかけた。
「おお、二人連れかいな・・ワシの前が空いとるわ」
壮年は独りで向かい合わせの座席を占めていた。
「あ・・すみません・・」
「いやいや、こちらこそ寝入ってしもうとったわ」
「ありがとうございます」
悦子が頭を下げる。
壮年は二人の顔をじっと見つめる。
機関車の警笛が鳴り、列車はガクンと振動を伴って発車する。
「どこまで行かれるのかな?」
壮年は二人に聞く。
「神戸まで」
悦子が答える。
だが、好夫には神戸はあてずっぽうでしかない。
「ま、その近くまでです」
「近くとな…」
壮年はそういったきり考え込んでしまった。
そしてやがて好夫を睨むように問いただす。
「行く当てはあるんかいな?」
好夫は顔を真っ赤にして何も言えなくなった。
「はぁ・・その、繊維の仕事で・・・」
「ほう、あんたは糸偏の仕事をしておるんかいな、その当てが神戸にあるんやな」
「いえ・・」
その好夫の言葉に驚いたのは悦子だ。
「あんた、当てもなくこの列車に乗ったの??」
「いや、そんなことはないんや」
悦子はうつむいてしまい、涙を流しているようだ。
列車は大垣駅の複雑な構内配線を抜け、やがて東海道線本来の速度へ加速していく。

「ほう、仕事が決まらへんのに、神戸へ行くんか」
「いえ、僕には繊維の仕事では自信がありますから」
「ほう・・そやけど、まだ何も決まってないんやろ」

壮年がそういうと好夫は肩を落とした。
壮年が続ける。
「ワシは名古屋へ織機を見にいっとったんや」
「織機・・ということは紡績の会社ですか?」
好夫が顔を上げる。
悦子はうつむいたままだ。
「そうや、神戸の先、兵庫県の高砂市で繊維会社をやっとる・・」
窓の外には燈色のさして明るくない車内の風景が反射するだけ。
時折、機関車の警笛が鳴る。
この辺りはつい先だって、電化されて蒸気機関車から電気機関車になったばかりだ。
ガクン、軽いショックで列車は関が原への上りにさしかかる。

レールジョイントが規則正しく車内に広がる。
乗客たちの息や酒、煙草や水虫の匂いが、蒸気暖房の湯気に煽られてかえって際立つかのように広がる夜汽車の車内だ。
向かい合わせの座席に二組の窓、天井の真ん中の燈色の照明。

窓の外では雪が横に走る。
「なぁ、君、もし、まだ行先が決まってないんやったら・・うちへ来んか」
唐突に壮年が好夫に問いかける。
「あなたの会社ですか・・・」
「この列車は朝には神戸を通って西へ行く・・明石を通って加古川という大きな駅がある」
「加古川・・」
当時の繊維産業では加古川には日本毛織の大きな工場が二つもあり、よく知られた町だった。
「ああ、その駅の次の駅が宝殿っちゅう駅や、わしはそこでタオルを織る会社をやっとんや」
「ほうでん・・」
「宝、それから殿様の殿、それで宝殿、縁起の良い駅名やろうが」
壮年はそこで笑った。
「あ・・他のお客が寝とるわい・・小さな声でな」
そういうと今度は悦子が俯いたままクスクス笑う。
「でもまだ、あなたには会ったばかりですし」
「何を言う、これこそ縁っちゅうもんやないか・・」
カーブは続く線路を客車の車体を軋ませながら列車は走る。

「ほんまに、ここで会ったばかりの僕でよろしいんですか?」
「ああ、今はタオルはいくら作っても売れる・・一人でも優秀な作業者がほしい・・」
「実は、僕はまだ行先を何も決めていませんでした」
「やっぱりそうか、ただ、さっき行先を神戸とはっきり言っていたと思うが」
「彼女の家が大垣近くの神戸(ごうど)で、同じ漢字やし」
「それだけのことかいな・・彼女はそれを知ってついてきたんか?」
悦子が顔を上げた。
「いえ、騙されました」
そう言って笑った。
まだ目に涙のあとがある。
「神戸に当てがあるものと思っていました」
「それはひどい・・」壮年が好夫を睨み付ける。
「ワシは、竹中繊維の竹中政造や」
そういいながら名刺を上着の内ポケットから出して好夫と悦子に渡す。
「私にまでお名刺を・・」
「あんたの惚れたこの男は、とんでもないええ加減な人間や・・何かあったら即ワシに言うてな」
そして好夫のほうを向き、「人生、女を連れてまでええ加減なことはしたらアカン、あんたはワシのところですぐに働くんや」

列車が減速をする。
雪で滑るのか、連結器の衝撃が大きい。

山間の小さな駅に停車した。
関ケ原と、駅名が粗末な照明に照らされている。

数人の乗客がおりていった。
「あんたの名前を教えてもらわんとな」
「はい、窪木好夫、こちらは妻になる予定の悦子です」
「そしたら、わしのところで明日から、いやもう、日付が変わったな・・今日からや・・働く、それでええか・・」
「はい、お願いします」
「住宅は事務所の横の部屋が空いとるさかい、そこを使うてくれ」
「なにからなにまで・・」
機関車の警笛が鳴る。
ガクンと衝撃が響き、列車は加速する。
客車の二枚並んだ窓の向こうに雪原が広がる。

「ちょっと社長さん、彼女とデッキで話をしてきます」
好夫は竹中に頭を下げる。
「ああ・・二人ゆっくり話しときや・・話が済んだらこの席に戻っといで」
「はい」

客室の、寝入っている乗客の間をすり抜け、デッキに出た二人は客室よりもっと粗末な照明の下で向き合った。
「たわけ・・」
そう切り出したのは悦子だった。
「すまん」
「あんたを信じてついてきたのに、なんも行先も決めとらんって、信じられんわ」
「すまん・・一応、僕には仕事の自信もあったし」
「そやけど、そしたら神戸に着いたらどうするつもりやったん」
「いや、それは取りあえず・・」
「とりあえず、二人でぶらぶらするお金なんかある?」
「いや、ない・・・」
「もし、あの社長さんに出会えんかったら、えりゃあことになりよったんや」
雪の降りしきる外界と遮るたった一枚のうすい木の扉の隙間から冷気が飛び込んでくる。
「たわけ・・」
そういったきり、悦子は好夫の懐に飛び込んできた。
「あんたはたわけや」
「すまん・・・」

列車は未明の雪原を西へひた走る。
二人にとってお互いの身体の暖かさ、何が何だかわからぬが、それさえあれば生きていけると二人が身体で感じていた。
門司行き普通、111列車は走る。

「宝殿は7時25分ということや、それまでせいぜい寝とかんとな」
列車の揺れによろめきながら通路を歩き、座席に帰った二人を竹中は笑顔で迎えてくれた。

(昭和30年代初期、この111列車は前日の14時30分に東京を出て、東海道線を各駅に停車しながら、大垣に0時26分着28分発、岐阜と米原の間は大垣と関が原だけに停車するが、米原からまた各駅停車となり、神戸6時15分、加古川7時18分、そして門司には22時01分着という今では考えられないのんびりした列車だった。
もっとも、京都・明石間の関西の国電区間では、大阪、三宮、神戸、須磨だけに停車していた。京都・神戸間1時間55分、大阪・姫路間2時間ちょうど、今の新快速はおよそ、その区間をそれぞれ半分程度の所要時間で結んでいる。)


えむさん。

幸せですか?って聞かれたら、毎日、めっちゃ幸せって、答えることにしています。
無理にではなく、本当にそう思っているし・・・
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毎日やることがおおくて、一日が48時間あればいいのにって思ってしまいます。
家族のこともすごく好き。
好きな街の、いろんな人に会うのも大好き。
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そして、ワタシの小さな力でも、みんなの力と合わせて、毎日が充実していて楽しいっていう人を増やしていける原動力になったら嬉しいな。
神戸の街は大好きですよ。
そして生き生きしている人がすごく多いように思います。
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ワタシも自分から出会いを求めて街に出てみて、前よりずっと、この街もこの街の人も好きになりました。
いろんなこと、楽しいこと、有意義なこと、きれいになれるためのこと、やっていきたいですね。
美味しいものを食べたり、ちょっとお茶を飲んだりして力まずに行けたらなぁと思っています。
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女性ですからね、自分がきれいになるための努力はしていきたい・・
もちろん、外観もきれいになっていきたいですけど、内からも輝く素敵な女性を目指しています・・って、ちょっと照れるなぁ。
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でもね、時々失敗もあるんですよ。。
何を失敗するかなんて聞かないでくださいよ・・
失敗したら、ちょっとだけ落ち込んで、美味しいもの食べて復活して、あとは笑い飛ばす???
(苦笑)
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元気でいこうよ・・
楽しさを作りながら、そして楽しい時は存分に楽しむ。
いろんな人と関わりをもって、賑やかに進めたらいいなぁ・・
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