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kou1960

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詩小説・あなたへ


かもめ神戸港


男女の仲というのは、決して親友には出来ないという人があって、昔の僕はそれに反発もしたのだけれど、今となっては必ずしも全面的に賛同するわけではないが、ある意味では、なるほどと思える部分もある。

ふっと時折・・思い出すあなたのこと。

大変失礼ながら、僕はずっと心の中で追い求める女性があり、ではあなたを女性として愛していないのかと言えばそんなこともなく、これもある意味ではあなたは僕と最も心が通じた女性だったのかもしれない。
だが、あなたとの関係は、ずっと大事な友達という言葉が一番適しているかもしれないとも思うのだ・・そこに男女の関係はあったにしても・・

不思議とあなたとは趣味や嗜好が合った。
食べるもの、見るもの、行くところ、乗り物・・

待ち合わせは時に、三ノ宮の書店の中。
「何時頃に紀伊国屋」
メールはそれだけだ。

けれど、あなたは女性にありがちな約束の時間に遅れるなどということはほとんどなく、もしも電車の都合などでわずかに遅れても、まず最初にそのことを一生懸命に詫びる・・そんな女性だ。
この待ち合わせはとても楽で、書店で好きな書籍を眺めているといつのまにか、あなたが僕の横に立っている。

あるいは僕が、そろそろ時刻かと、書店内のあなたの好きな雑誌のコーナーに行くと、そこであなたは一生懸命に雑誌を見ていて、僕が横に立つと全く顔を向けずに「どこ行く?」と一言だけ切り出す。

それから買うものがあれば清算して、二人で街へ繰り出すのだけれど、あなたはいつも高性能のカメラを持っていて、思うところで立ち止まりシャッターを押す。
面白いのは神戸港を一緒に歩き回っても、港の風景や船を写すという、ごく普通のことはあまりせず、カモメや野良猫にカメラを向けたりする。
なにやら難しげな表情でカメラのファインダーを覗くが、だからと言って素晴らしい作品が出ているとも思えない。
基本、あなたの作風は「可愛くちょっと洒落た写真」だ。
そして撮影の時のあなたの仕草は、心底、可愛いと思う。

電車に乗って景色を見るのが好きで、鉄道ファンである僕とはそういう面でも気が合う部分もあった。
最もあなたは、僕が時として語る車両や施設のことには全く興味は示さず、ただ、ひたすらに車窓を見て、見えるもの指さしてあれこれ説明してくれる。
だからあなたは電車に乗るときはクロスシートが好きだった。

一度、京阪電車のできたばかりの中之島線で快速急行という新しい列車に乗ったことがある。
なぜ、そんな遠くまで行ったのか・・
あなたはブランドショップがお目当てだったのだろうが、やはり新線開業という言葉にも多少は興味を示してくれていたからかもしれない。

空いている地下駅から乗り込んだ、まだ新車の新3000系電車の一人がけシートを向かい合わせにして、あれこれ車窓を指さすあなたがことのほか可愛く、美しく思えた。

だが、僕とあなたは「友達」だったのだ。
「親友」と呼べるものかもしれない。
いや、少なくとも、あなたから見て僕はそうだったに違いない。

僕はこの点では男だと思う。
あなたに対していつも下心を持っていたし、何度も肌を合わせると、自分ではあなたが恋人のような錯覚に陥るのだ。
「私はあんたの彼女じゃないからね」
それはあなたから口癖のように聞いた言葉だ。

大阪には何度か一緒には行ったが、かといって僕の好きな新世界辺りへ誘ってみても「絶対にやだ」などという。
けれど、神戸の下町、宇治川商店街とか元町高架下とか、そういうところは好んで歩いていくのだから、未知の街への恐れのようなものもあるのかもしれない。

一緒に歩くと焼酎のカップを舐める。
時にはそれが日本酒のワンカップであったり、パックのワインであったりするのだけれど、それをハンカチに包み、酒であることが分からぬようにはしているのだけれど、並んで歩く僕が発泡酒のロング缶を持っていたり、焼酎のカップを持っていたりしてそれを隠していないのだから、すれ違う人には酒を呑みながら歩く変なカップル・・それもかなり歳の差がある・・・に見えたに違いない。

その頃、あなたは僕の年齢の6割ほどの若さだった。

歩くうちに酒がなくなると、また見つけたコンビニで酒を買う。
そうして、お互いに酔ってしまう。
そんな時はたいていが、近くのお気に入りのカラオケ屋に入って、なかなかの声を聴かせてくれる。
僕が今も自分の世代より二回りほど下の世代の歌に詳しいのは、間違いなくあなたとの出会いがあったからだ。

いや、それどころか、僕は今、あるアニメ作品のファンとして友人たちも認識してくれてはいるけれど、それこそ、あなたからの受け売りだ。
「レイちゃんは人造人間なんだよ」
その頃、あちらこちらで上映されていたこのアニメのポスターを見るたびにあなたはそう言う。
自分と同じ、世間一般とは異質なものを、薄幸の人造人間たるヒロインに見ていたのかもしれない。

時に、あなたが極端に甘えてくれるときがある。
そういう時は、どちらともなく足を山手の方に向ける。

優しく、感情が豊かで、そして美しく軟らかなあなたを、その時だけは僕は自分の手元に置くことができた。
それはまさに夢のような時間だ。
明かりを消した部屋の中で、僕の普段の疲労がゆっくり溶けていく。
あなたの優しい肌の中に自分をうずめることの幸せ・・
他愛もない二人の時間を、けれど自分たちで決めた制限があるゆえの短時間で過ごし、まだその余韻に浸りたい僕を、あなたはけしかけて帰り支度となる。

ただ、これは言うが、僕はあなたと会えるなら、それが例えばお茶を飲むだけとか、カラオケ屋に行くとか、本屋でなんとなくの時間を過ごすとか、一緒に電車に乗るとか、あなたの好きな「うどん」の店にいるとか、僕にはそのどれもが嬉しく、満ち足りた時間だった。

だから、無理に肌を合わせなくても十分楽しかったし、あなたと会うことで疲れがとれていく。

その頃、僕は仕事で大きな失敗をして、これまで歩いてきた道を捨てねばならぬ時期だった。
その時期にもし、あなたに出会えなければ、僕は今頃はこの世にいなかったかもしれない。

迫りくる絶望の荒波、逃げ出したいが、絶対にそこから逃げ出せない、まさに自分が波の中へ飛び込んで消えていこうとするとき、あなたの素っ気ない優しさがどれほど僕を助けてくれたことか。

いや、あなたもまた、そういう時期だったのだと、それはあなたの普段の話から察しがつく。
不幸というものは時として、際限なく押し寄せることがある。
そういう時に、お互いを癒し、心の苦悩をひと時でも逃がしてくれる人に出会ったのは、人生、長い目で見ればこれほどの幸運はないのかもしれない。

それにしても・・
この頃・・時に、あの、オレンジのわずかな照明に照らされた、汗の浮いた白い肌が思い返されることがある。
ゆっくりと動く白く柔らかい肌、切ない吐息をそっと漂わせてくれたあの空間。

男は所詮、アナログであり、事象の変換には時間が伴うグラデーションだ。
女は、ある時を境に一気に切り替えが利くデジタルだと、わかっていても自分の中の未練に笑うしかない。

「じゃ」
同じ方向に帰る電車で僕が先に下車する。
にこりともせず、けれどいつまでも電車の中から見ていてくれるあなたの姿は、たぶん僕の中で消えることはないのだろうな。

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九月の声

明け方の月遠望



猛暑だった八月が終わり、神戸では今朝の気温が22度台となった。
殆ど二か月ぶりのことだ。

一昼夜勤務を終え、都会ゆえに晴れても見える星の数えるほどしかない明け方の道を歩きながら、僕は九月の予定を頭の中で確認していた。

まず、自分が主催する大きな呑み会がある。
台風が来ているが、その前々日に当地を通過する様子で、よほどの被害がない限り問題はないだろう。

知り合いのカメラマンの個展もある。
参加できるかどうかはともかくとして趣味としている鉄道会社やバス事業者のイベントもある。
そういえば居住している団地の建て替えに伴う説明会があったはずだ・・・

会社から自宅までは徒歩で三十分ちょうどだ。
途中、飲料の自販機が見え、ちょっとホッとしたくなって立ち止まった。
幸い、好きな飲み物がある。

缶を開けるとトマトの香りが漂う。
くいっと喉を鳴らして、ほど良い冷たさの少し抑え気味のトマトジュースを味わう。

そうだ・・

まだ開けない暗い空を見上げて、弱々しくやっと光りを放つ星を探しながら思いだした。

今月、あの人の赤ちゃんが生まれる・・・

いつもお世話になっている、さるチームリーダーである女性だ。
頑張り屋さんで、明るくて、だれからも好かれる素敵な人。
どんな困難もきちんと乗り越えていける人。

恋愛という感情ではないと思う。
信頼というのだろうか、共感というのだろうか、不思議な出会いがあってもう何年になるだろう。

その女性がわざわざ苦労する道を選んだ。
本当はもっと楽で、穏やかな生き方もあるはずなのに・・そのことが彼女らしいというか、でも非常に心配もしている自分がある。

美しい人で、何度も快く僕の被写体にもなってくれた人だ。
彼女のおかげで僕は今でもかつての職業だったポートレートカメラマンであることを思い出せるのかもしれない。

彼女は自分でほとんど決めてから「報告がある」と言われて二人で会った時、それが「報告」であり「相談」ではないこと、そして僕もまた、その「報告」を肯定した一人であることがつい数か月前のことなのに懐かしく思い返される。

本当はずいぶん苦しんだと思うその結論を出してから、彼女は一人になり(もうすぐ生まれてくる子があるから二人にはなるのだけれど)たぶん、周りにはずいぶん能天気に見せかけて必死に生きているんだろう。

一人で赤ちゃんを産んで、そしてそのあとも自分で自身や赤子を守るしかない選択・・それを誰かに頼るわけでもなく自分で切り開いていく。
女性は強いと思う。
本来、母は強いものだということを改めて思う。

先々月にお会いした時、彼女のお腹はもうずいぶん大きくなっていた。
「食べすぎやねん~~ほとんど自分のぶんかも」
そういって屈託なく笑う彼女の、まもなく誕生する命。

見たいなぁ、会いたいなぁと思う。
新しい命に。
それが彼女という女性の子であるそれだけで、たぶん僕には可愛くて仕方がないだろうと思う。

九月かぁ・・
歌の世界では寂しさの漂う月でもあるが、猛烈な夏に辟易している僕には、なにか優しい風が吹いてきそうな気がするのだ。

え・・?
「もしかしてお前はあの人に惚れているのか」
意地悪な星が問いかける。

「そうかもしれんが、そんなことは・・どうでもいいこと」
「惚れっぽいお前だからな、わからんぞ」
「ちょうどいい距離感があってこそ成り立つ想いもあるんだよ」
星にそう教えてやり、でも「会いたいなぁ」と呟く。
お腹の大きな貴女にも会いたいし、赤ちゃんを抱っこしている貴女にも・・

飲み干した缶を空き缶入れに入れ、僕は「あと15分」と、歩き始めた。

それにしても涼しい風だ。
どこからか元気の良い赤ちゃんの声が聞こえる気がする。
友達から誘いを受けて、神戸電鉄の終点近くにある車庫へ、メモリアルトレインという名の復刻塗装電車を見に行った。
今年の夏は暑く、現地の気温は35度を超えていた。
めまいがしそうな真昼間だ。

そこに2編成の電車が鎮座していて、一編成は明るい緑色が主体の変わった雰囲気の電車で、これは僕が子供の頃に、鵯越の祖母宅へ頻繁に連れて行ってもらった時、旧型電車に塗られていた色だ。
道場南口神鉄1357・1151


そしてこの日デビューしたという、灰色の車体に窓回りを朱色に塗った電車は、僕の青春時代、まさにこの電鐵がこの色合いばかりで走り回っていた・・・あの頃を思い返す電車だった。

話には聞いていたし、だから今日はそれが完成した記念の式典ということなのだが、実物を見た瞬間、様々な思いがこみ上げてきて、少し、あの頃を思い返すと精神的にもろくなる僕には、暑さ故だけではなく、眩暈がしてきていた。

この日、僕が思い出したのは、昭和61年12月28日、冬の強烈な季節風の中、撮影を続けていた神戸電鉄の電車と、そのすぐ後に三宮で会った君や君の友達たちとの、ちょっと小洒落たバーでの楽しい時間。
神戸電鉄1353箕谷カラー

そして、そのあと、国鉄三ノ宮のプラットフォームで、向かいのビルに映し出されていた電光掲示板のニュース。
「本日、兵庫県香住町の国鉄余部橋梁で、7両編成のお座敷客車が強風にあおられて転落、列車の乗務員と列車が転落したカニ工場の従業員たち多数が死傷」

え・・
東へ帰る君たちに手を振りながら、僕は気が遠くなるのを感じていた。
当時、国鉄にはお座敷客車は多数あったが、7両編成というのは僕もチームの一員となって手掛けた「みやび」だけだった。

僕はこの客車の仕事を最後として、国鉄を退職した。
自分にとって最高の記念となる車両が完成したという自負もあり、これで国鉄を退職してもいつでも自分がそこにいたことを記念に思い返すことができるというものだった。

だが、君と心から寛ぎあうことができたこの夜に、僕は自分の人生での記念碑を一つ失ったということになったわけだ。

神戸電鉄の復刻塗装電車は、様々な思いを見る人に与えたのかもしれない。
僕の幼年期、このカラーの電車は急行用であり、鵯越には停車せず、いつも薄汚れた感のある旧型電車の「普通」に乗せられていた思い出も蘇る。
その鵯越も僕や先ごろ亡くなった母にとっては良い思い出の地ではなく、人間の勝手さと狡さ、そして自分たちの運の悪さを思い知らされるところでもあった。

だが、幸いに僕は長じて鉄道ファンとなった。
国鉄を退社しても鉄道ファンであることは変わらなかった。

辛い思い出しかない電車も、ファン目線で見れば美しく輝いているわけで、だから、君と打ち解けることのできたあの日にも、神戸電鉄の撮影をしていたのだ。

車庫でのイベントで見せてもらった復刻塗装電車だが、そのあとの運転を撮影しようという気にならなかった。
暑さ、寝不足、そして一気に押し寄せてきた思い出が、僕をその場に留めることを許さなかった。
正直、吐き気がするほどの苦痛が襲ってきた。

そして、昨日、今の仕事としているタクシーの乗務中、切ない思いに責められ苦しんだ。

君と一緒に乗ったのは、阪急・阪神、そして広電と広島のJR電車だ。
神戸電鉄で君を思い出して苦しむのは、これは自分では間違い以外の何物でもないが、自分の心など自分ではコントロール出来っこなく、結局、君への思いに苦しめられ続けることとなる。

そういう経験があるから小説も書けると・・友達は言ってくれる。
恋愛で苦しんだ人は誠実さで多くの人から好かれると言ってくれる人もある。
だが、小説など書けなくていい、君と繋がりあえる環境があるなら、ほかに必要なものなどあろうか。
別に、たくさんの人に好かれなくたっていいかもしれない、ただ、君がそこにいてくれれば、それに勝るものなどあったのだろうか。

本当に大切なものを、さして大切ではないものと比較して、間違えた選択をして、君を苦しめ、君を泣かせ、そして結局、お互いが離れていかざるを得ないそのきっかけを作ったのは、まぎれもなく僕自身だ。


妻がいて、娘がいて、僕は家族を愛している。
そこに何の不満もないはずではある。

ただ、友達としてでもいい、君との繫がりを持てていないこと以外は・・・


今日、勤務明けで、なのになぜか眠れない切れ切れの夢の後で、ふっと自家用車を走らせ、神戸電鉄粟生線の線路際に行った。
やはり、もっと見ようと思ったのだ。
あの、復刻塗装の電車を…

そして緑の中、まさに、あの頃の姿となった電車が僕の前を軽やかに走っていく。
その姿を見たとて、何かが変わるわけではないのだが、吹っ切ってはいけないものも世の中には、あるはずだと、そう思うことにした。
神鉄復刻塗装電車

生きている間に君に会うことができるだろうか・・
そして、少しでも君との時間を持つことがまたできるのだろうか。

何故か、君との接点のない神戸電鉄の電車が思い起こさせてくれた切なさに感謝しながら。



オレンジの風

阪急1008夕景

さっき、あの線路際で重い望遠レンズを手持ちで振り回し
高速で突っ走る列車を見事に射止めていたあなたは
いま、僕の前に裸身をさらす

「早く、早く」と身体をくねらせて僕をいざなう
僕はもう、昼間の撮影で力を使い果たしてしまっていて
一刻も早く眠ってしまいたいのだが

あなたは「このままでは眠れない」などという
眠れなければ起きてればいいさと
僕の心はそう思っているはずなのだが
目の前の白くやわらかな曲線を描く乳房を見ると
自分が本当はどう思っているか
それすらも怪しくなってくる

あなたの胸の先にかじりつき
その柔らかい感触を口の中一杯に頬張った僕は
あなたの喘ぎを聞きながら
汗と体臭と、不思議な甘い香りの中に沈められていく

耽美と怠惰が僕たちを包み、オレンジの照明がわずかに
あなたのよりいっそう美しくなった顔を浮き上がらせる
二人の脇のテーブルには、先ほどまで使っていたニコンが二台

思い通りの撮影ができた
難しい夕陽のシーンで好きな列車の撮影ができた
僕たちは撮影が終わったあと
小躍りしてお互いのカメラのモニターを見せあったのだ

僕のカメラは列車主体で
あなたのカメラはオレンジの夕景が主役で
そして、安酒場で呑んだ後はここに来たというわけだ

白い肌をオレンジに染め
あなたはそれでも僕を求めてくる
僕は何とかあなたに応えようとしながらも
自分の力のなさを思い知りながら
そしてそれが本能だろうかと
あなたに挑みかかる自分がある

汗が水蒸気となって
さして広くない部屋に充満する
甘い香りは僕たちの生きている証なのだろうか

あなたは身体をくねらせ、激しい息遣いで僕に迫る
チカラをすべて出し切ったはずの僕はまたあなたに挑んでゆく
朝までこの営みが続くのだろうか

そうだ、カメラデータの確認と
機材の手入れをしなければ

一瞬でその思いは消え去り、僕はあなたの泉から迸る
甘い液体のなかに沈み込んでいく
汗と汗、体液と体液、唾液と唾液、息と息
冷たいカメラボディにはうかがい知れぬことでもある


(銀河詩手帖289号掲載作品)


おかんが逝った



平成三十年一月二十三日、午前六時二十八分、医師が母の死亡を確認した

おかん、もしかして死んでもたんか、死んどるんか
なんや、気持ちよさそうに寝とるやんか
息してるで、ほら、少し動いとうやん、動いとおよう見えるやん

「これは心肺停止っちゅうことですか」
分かり切ったことを、必死に感情を殺しながら仕事をするナースに問う
いつもはニコニコして感じの良い美人ナースだが
この時ばかりは悲しさと真剣さの厳しい顔だ

「そうです、先生が確認次第、死亡ということになります」
ちゃうわいな、寝とるんやで・・ぜったいそうや・・
そやけど、さっきから心電図モニターから、ピー!って煩いんや

そこへ息を切らせて走ってきた若い医師
聴診器を当て、瞳孔を見て、母の額に手を当てて
「六時二十八分、ご臨終です」と言って頭を下げはった

おかん、ゆうべ、ワシがここで晩飯食わせたやんか
おかん、そのとき、なんでか起きとるのに鼾掻きながら
息をするのが少しえらそうやったけど、ペースト状の晩飯全部食ったやんか
おかん、脚が痛いゆうさかい、ワシが脚を揉んだやろ
気持ちええって、ほとんど出えへん声でゆうたやないか
んで、めっちゃ眠そうやったさかい、美空ひばりのCDセットして
おかんの耳にイヤフォン差し込んで「東京ブギウギ」が流れたの確認して
「これでええか」ゆうて訊いたら満足そうに頷いたやんか
おかん、おでこの熱が下がっていくんや、おでこが冷えていくんや
おかん、ちょっと急やろが、もうちょい待たんかいな

昭和十二年五月十二日、満州国奉天で国際航路の上級船員の娘として生まれ
戦争のきな臭さを感じた両親によって神戸に連れてこられ
それでもまだ裕福な家の一人娘だった母

神戸の空襲で親族のあらかたが死に絶え
唯一残った実母と貧乏のどん底を味わうようになり
そして散髪屋の住み込みをしているときに
大阪から修行に来ていた父と出会い同棲を始めたという
そこからは驚くほどに多産で、十人の子を身ごもり八人を生み
六人が生き残り、それが我らが兄弟姉妹だ
父は酒がもとで母と六人の子を残して早世し
以後はほとんど苦しみの連続だったかもしれない母の
それでも、生来の良家の子らしく、物事に動じず
淡々として受け止めていくその強さとある意味の剽軽さが
母を助けたのかもしれない

おかん、二十八年前、脳内出血で死んだかと思ったのに
お医者もびっくりする回復で、見事に蘇ったよな
おかん、十年前、腎臓がもうだめで、いくらも生きられないといわれたときも
透析を受けることでワシらの前に居ってくれたな
おかん、三年前、もうホンマにアカン・・そない思わせといてまた蘇ったな
おかん、今度はなんで蘇らへんのや
また二三ケ月したら、ベッドの上から立ち上がるんちゃうんか
・・・おかん

額はますます冷たく、母は帰らぬ人となった
実父の面影を大きな客船に見ていた母にとって
明石海峡がよく見える病院が最後の住まいとなったのは
これは偶然ではないのだろう

(銀河詩手帖287号掲載作品)


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