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kou1960

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小説の形を借りて自分史も入れたりしています。
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幸せの黄色い電車

吉井川115系

列車に乗る前に駅ビルの食堂で酒を飲んだ
そのゆえか、眠くて仕方がないのは確かだった



・・・素直になれよ
「なってるわ」
・・・なってないよ
「私はいつも素直よ」
・・・じゃ、なんで俺の言葉を受け止められないんだ
「嫌なの、ね、わかって」
・・・そんなはずはない、あのときだってお前は
「あのとき?それはどのときなのよ」
・・・何度も抱き合ったじゃないか、そのときだ
「そりゃ、性的な歓びはあるわよ、でも、それがすべてじゃない」
・・・そんなはずはないんだ
「いい加減、目を覚ましてよ、あなたは片思いだったの」
・・・ちがう
「違わない、私はあなたと人生を行きたくない」
・・・じゃ、誰となら生きていけるんだ
「まだ誰かは決めてない、誰に決めようと私の自由」
・・・きっと、あいつなんだろ!
「だから今はだれとは決めてないって!」
・・・嘘だ
「いい加減にしてよ!」



ハッと気が付いた
列車の座席に身をゆだねたまま
眠っていた
なにか、叫ばなかっただろうか
幸い、隣の座席は空いているけれど
ほかの座席にはもちろんほかの乗客がいる



だれも私のほうを見ていない
きっと私は叫ばなかったのだろう
嫌な夢だ
もう、二度と思い出したくない男の情けない姿だわ



窓の外を見る
列車は春の柔らかい光の中を快走している



・・・由美ちゃん
「ん、健太やん」
・・・久しぶりやな
「ほんまや、めっちゃ、ひさしぶりやん」
・・・元気そうで何よりや
「うん、健太は?」
・・・わしなぁ・・
「うん?」
・・・もう、この世におらへんのや
「え・・死んだん?」
・・・知っとるやろ
「え・・ぜんぜん知らへんし、なんで?」
・・・お葬式に来てくれたやん
「そうやったかなぁ」
・・・由美ちゃんな
「うん?なに?」
・・・もうすぐ、ええことあるで
「そうかなぁ、なんもええことないんやけどね」
・・・もうすぐや、もうすぐ
「そうかなぁ」



また眠っていたよう
景色を楽しみに乗った列車で景色を眺めないなんて
ちょっと自分がおかしくなる
さっき呑んだお酒のゆえかな



それにしても、そうよね・・健太、死んだよね
小学校6年生の夏、クルマに轢かれて・・・
お葬式にも行ったわ



ワタシ、健太が生きていたら
健太と結婚したと思う
健太、初めてキスをしたよね・・
お互い下手で・・何がいいのか分からなかったけれど
小学生の恋ってああいうものだろうね、きっと



それからすぐだったね・・あなたが逝ったの



変な男ばかり捕まえて
変な恋愛ばかりしたわ
気が付けばワタシももう三十路か
お嫁の貰い手がないってこのことよねきっと



言い寄ってくるのは、この女は自分のものだと言いたげな顔をした
ごろつきばかり・・



そやけど健太
列車の中の私にわざわざ「ええことあるで」って
どういうことやろうね
ほんとうに「ええこと」あってほしい
健太と結婚したかったな
いい家庭になっただろうな
健太、どこにいるの?
あの世?
それはどこ?
会えないのかな?



悲しくなってきた
私は泣き上戸だった・・これを抑えるにはさらに酒がいる
降りようか・・
このごろのJR特急は車内販売はないし、急ぐ旅でもない
予約しているシティホテルに夕方までに入るには時間の余裕もあるし
ちょっと降りて、駅の中ででも酒を飲んでみよう



嫌だなぁ・・
「独身女性」であるはずの私が、酒を飲むために列車を降りるって
いつからだろう、こんなに可愛くない女になったの
少なくとも、健太とキスをしたころは可愛い女の子だったはずよ



降りたのだけど、駅近くに昼間からお酒を飲めるお店なんてないって
「ちょっとお酒を飲める店ありますか?」
そんなことを駅員に聞いたら怪訝な顔をして
「ここは田舎ですから」って苦笑してたけれど
ちょっといい男だったわね
あなたでもいいよ、私の相手・・
って、そんなわけにもいかないよね



おまけに降りてしまったら次の特急は1時間後、鈍行なら20分ほどであるっていうけど
仕方ないから鈍行で行くわ
急ぐ旅ではない・・けどね
お酒は駅前の自販機でみつけただけ
これも仕方ないからそれを買ってきたの



なに、真っ黄色の電車!
「幸せの黄色いハンカチ」って、映画あったね
じゃ、この電車は「幸せの黄色い電車」って
何か幸せが探せるかな



空いているし、鈍行なのに座席は前向きの座席だし
お酒を飲むにはちょうどいいわ
駅前で見つけた缶ビール、好きな銘柄じゃない
これまた仕方ない・・
仕方ないが三つ続いたから、今度は仕方あるにならないかな
仕方ある、仕方ある・・
それって、運命?必然性?



「あの、そこ、宜しいですか?」
「あ・・はい」
私は窓にところに並んでいる空き缶をちょっと恥ずかしく思いながら
自分の横の荷物を膝の上に置き、件の男性の席をあけた
いつの間にか、列車は混んでいた
「お酒を飲みながらの旅ですか?いいですね!」
「あ・・はい、とても楽しいですよ」
そういい、その男性と顔を見合わせて笑った
彼も手に焼酎のカップを持っていた
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詩小説・海の底

ファンタジー.コンチェルト

山から吹き降ろす北風のことを神戸では六甲おろしという。
その六甲おろしの吹き荒れる神戸港はかつての国際貿易港の面影も薄れ、ただ、港の風景の美しさだけで人が集まる観光の港になっていないか。
「神戸港って、観光船ばかりで仕事の船がほとんど見えないのよね」
君は、吹く風にもともと薄紅の頬をさらに赤くさせて鼻水交じりの声でそういう。
「貿易はポーアイとか、六甲アイランドがあるから」
僕は諭すように言ってみるが神戸港中心部であるはずの中突堤付近の様子はどうだ。
忙しく働く船など見えず今しがた沖へ向かって出て行ったのは白い船体が美しい「コンチェルト」という観光船だし、埠頭に停泊しているのも「ロイヤルプリンセス」「ロイヤルプリンス」「ファンタジー」という瀟洒な観光船ばかりだ。
少なくとも、震災前の神戸港ではたくさんの武骨な船が忙しく走り回る姿を見られたものだ。

風に向かって君が何かを叫んでいる。
風と波の音で君は何かを言っているのだろうが、その言葉の意味が僕には届かないし届かなくてもどうでもいい気がするが、なにか、君の触覚にかかる獲物であったのだろうか・・
君はコートの中に隠しているNikonを取り出してバシャバシャとシャッターを切る・・秒間何コマという連写モードにしているようだ。
コートの胸のあたりがいつもよりもさらに膨らんでいるのはそこに一眼レフカメラを入れて、カメラが長い時間冷たい風にさらされないようにしているからだ。
「何を撮ってるの?」
「・・・・・・・」
「ん?聞こえへん」
僕のほうを見て、大声で叫ぶ。
「かもめ!」
叫ぶ表情がまるで女子中学生のようなあどけない感じなのがなんともおかしいが、船ではなく、船の上や桟橋の屋根にいるカモメに目を向けるなんていかにも君らしい・・
「かもめ、寒くないんかな!」
「鳥やからね・・寒さには慣れているやろうけど」
すると君はくるっと、踵を返して僕を睨み付ける。
「鳥も寒いんだよ!」
一瞬たじろぐ僕は、君が自宅でことのほか可愛がっている小鳥を思い出した。
「そうやったね・・」
「ふん!」すねるようなしぐさを見せ、君はまたNikonのファインダーを見つめる。
シャッターが連続でバシャバシャと切れていく。
「どんな写真が撮れたの?」
「みせない・・」
「意地悪やな・・」
「鳥も寒いんやもん」
「わかったって・・ごめんって言ってるやろ・・」
すると君はいたずらっぽく僕の顔を見つめ、ぐっと近づいてくる。
「これ・・」
カメラのモニターに先ほど撮影した何枚かを見せてくれる。
かもめのポートレート、300ミリのEDガラスを使った高価な望遠レンズも君にかかるとそこにいる鳥の表情をとらえるためのものなのだ。
「あんたは何か撮ったの?」
ああ・・
僕は君のカメラよりはずっと安いコンパクトデジカメを出してモニター見せた。
「相変わらず絵葉書みたいやんか」
くすっと笑いながら君はつぶやく。
確かに、僕の写真は絵葉書だ。
ただ美しいだけの、構図も露出もばっちりと決まっている絵葉書写真だ。
そこから先へ進めなかったからこそ、時代の変化の中で僕は写真の仕事を失い、ちょうどその時がフィルムからデジタルへの移行時だったこともあり、今、趣味でカメラを触っている君よりずっとみすぼらしいカメラしか使えないのだ。
「絵葉書しか、よう撮らへんのや・・」
自虐的に僕がそういうと、君は先よりさらに強く僕を見つめ返す。
「絵葉書でええやん、あんたの良さはその絵葉書にあるんよ」
「ほう・・」
おもわず感嘆してしまう。
実は僕は僕の絵葉書写真が大好きなのだ。
冒険したくても、美しくきれいにしか撮りたくない僕はその冒険を自分で拒否してしまう。
ブライダルでもポートレートでも、あるいはイベントの撮影でも、僕はきちんと美しくしか撮れないし撮りたくなかったのだ。
奇をてらったものはいずれスタンダードに駆逐される・・それは僕の持論ではなく、世間一般の流行の基本のようなものだが、時には奇をてらったものが新しいスタンダードになっていくこともある。
そうであれば、それまでのスタンダードが駆逐されてしまうことになる


そう、僕は写真の仕事を失った。

「結局は俺は下手やったんやな」
ふっと出た言葉を君はすぐに打ち返してくる。
「下手かどうかはしらんけど、あたしはあんたの写真が好き」
喋りながらもう君は次の船の屋根に乗るカモメをレンズで追う。
「ね・・寒いよ」
「寒いね」
「さっき買ってたあれ・・」
「ああ・・忘れてた」
ここへ来るまでの売店でワンカップ酒を二本買い込んで僕はそれをバックに入れていたのだった。
「要る?」「ほしい・・」
ワンカップを手渡す。
「蓋、取って・・」
蓋を取り、もう一度手渡してやる・・
ワンカップにそろりと口を持っていく仕草は女性のそれではなく、そこらの酔っぱらいのおっさんのようだが、君がそういう仕草をすると妙に艶めかしいのが不思議だ。
そのまま、一気に呑んでしまう。
「あんた、呑まないの?」
「うん、なんとなく呑みたくない・・要るか?」
「うん、もう一本ちょうだい、ちょっと暖まってきた」
同じ仕草の繰り返しで二本目も一気に呑んでしまう。
「暖まったか・・」
「うん・・」君の眼はもうカメラのファインダーだ。
またバシャバシャと連写の音が響く。
いいなぁ・・あのNIKON・・僕は君のカメラがうらやましくて仕方がないが、レンズ付きで三十万円を超えるものなど買えっこない。
港を離れ、歩道橋から元町へ向かって歩く・・港を離れ、数百メートルも歩くと風は少し治まってくる。

山の手へ上がる坂の途中のコンビニで僕たちはそれぞれ好きな酒類をいくつか買う。
どうしてだろう、こういう時は何も言わずともお互い向かう先は一つなのだ。
そして、そういうところに着いて、まずは散々酔ってから僕たちは今度は二人の海の底に至るしかない。
ため息が出るほど美しい君の裸をいつかは撮影したいものだと思いながら・・僕は君の求めに応じていく。
汗や体液や酒の匂いが混ざった甘い香りが僕たちを包む。
「なぁ・・」
「な~~に」
「いちど、撮らせてよ、君のヌード」
「やだ・・」
ひと休みしている時のその会話の後、また君が求めてくる。
深い深い海の底、港のあの景色の底のほうへ・・今だけは沈んでいたい・・
オレンジのわずかなライトに浮かび上がる汗を纏った乳房の美しさにため息をつきながら「もしも、俺がこれを撮影出来たら俺は写真家としてもう一度浮かび上がるかも」などという思いが一瞬湧き上がるが、それは自分が求めていた写真の方向ではないとすぐに思い直す。
「やだ・・あたしのほうを見てよ・・何か他のこと考えているでしょ」
「いや、ちがうちがう、君があんまりきれいだから」
「うそ・・」
そういって君はまた求めてくる・・山の手にあるはずの海の底。

詩小説・・冬涙

浮島と太陽


北風が荒れ、晴れているはずの空を灰色の雲が覆い
わずかに水平線あたりだけが明るく見える夕方
僕はあなたの面影を探しにここにやってきた
そう、あの日もこんな寒い日だった
寒い日の夕方、日没を見ようと言い出したあなたの
・・・・僕たちはそのころ、すでに離れなければならない状況に追い込まれていたのだ・・・・
そのあなたの言葉に舞子駅から海岸に出て
マンションの裏手の石垣とわずかな砂浜があるこの海辺で
二人立ったのだ
日没時、太陽は僕たちの期待通りに
水平線上わずかなところで顔を出してくれ
周囲を赤く染める
寒い季節の浮島現象が遠くの島々を浮かすようにみせてくれる
そこにさしかかった太陽は浮島を飲み込みながら
それも不思議に島が浮いたまま太陽の円の中に入り込んで
さらにその場所で太陽の左右の裾が流れ
達磨太陽と呼ばれる一年でも数えるほどしか見られない光景を現出させてくれる

僕たちはいつの間にか、立ったまま抱き合っていた
二人して何も語らず太陽を眺める
強い風が頬を容赦なく襲う
あなたの身体の温かさが僕にゆっくりと伝わってくる
太陽はやがて半円から円の上部の弧だけしか見えなくなり
それもやがて点のように最後の光を強く出しながら消えていった

呆然と、と言うのはこのときの僕の気持ちだったのだろうか
あなたの心の中まで僕には見えない
「もう、会えないね」
つい、先ほど明石の街中で歩きながらあなたが口にした言葉
僕たちが会うことで傷つき悲しむ人たちがある
それは今までも見えていたはずなのに
誰かにわずかに覚られたことで二人の長い秘密の季節が終わることを
僕たちは改めて感じていた

太陽の沈んだ空は急速にオレンジから紺へ、紺から濃紺へその色合いを変えていく
僕とあなたに吹き付ける風は強く冷たく容赦がない
日が沈んだことで風の力は勢いを増し
それゆえに僕たちは離れることができないでいる
やがて、僕は自分の感情の高まりから
あなたを正面から抱きしめた

風の冷たさゆえか頬が凍えているような
あなたの唇を僕の口で覆いこんだ
あなたのオーバーのチャックをはずし
あなたの胸の柔らかさに僕の手が震える
あなたの息遣いが激しくなり二人はそのまま石垣の上

あの時から三年が過ぎていた
僕の家庭は壊れず、あなたは風の便りでは今も独身で
だからまたあの頃のような関係に戻りたいと
そう願っていてもそれを言い出せない自分があり
いや、それはしてはならぬことだと・・
自分に言い聞かせてきた

今、この海岸に立つ僕は
あのときを再現しようとしえいるのだろうか
冷たい風、白い波、その中であなたの唇の柔らかさ
あなたの胸のやわらかさ温かさ
そして激情は抑えられず
寒さのなかで、誰も見ていないことをいいことに
僕たちはこの場所で石垣の上に寝転んで
男と女の営みをやってのけてしまった
あの頃の自分に帰りたいと思っているのだろうか

けれど
今日の太陽は水平線上にも顔を出してくれず
空は赤くならぬままに、群青へと変わっていく
家庭を壊したくない僕は
ただ、自分のよくのためだけにあなたを求めていたのだろうかと
自問もしてしまう

答えなどないのかもしれない
純粋に僕はあなたが好きだった・・
そう言ってしまえばそれで済むことなのかもしれない
自分の感情が自分でコントロールできず
あの白い波のようにあちらこちらへ無謀にも寄せて
そしてぶつかって返されていく

会いたい!
そう、言葉が出た
最初は小さく、やがて大きく
海に向かって叫ぶ
「会いたい!」
蒼に染まる海と空の間に

淡路の黒い・・そして裾に人工の光を瞬かせる島影がたたずんでいる
涙が頬を流れる
海も島影もかすんでいくがその涙さえも
冷たい風に洗われる冬の早い日没後だ

よっちゃん

ジンジャエール


よっちゃん、貴女と初めて出会ったのは僕の行きつけのバーだったね
そのバーは厳めしい髭面のマスターがいるお店で
いろいろなお酒を安い値段で出してくれるのでよく通ったところだ
貴女は会社の上司の方と来ていたようで
その方の話を表情を崩さずに聞きながら頷いていた

当時の僕はすでに妻子もある四十男で
貴女は美しい盛りの二十歳代後半だった

最初の貴女のイメージというものは
大人びた、いかにも仕事の出来そうなキャリアウーマンで
ビジネススーツをやや崩し気味に着こなし
黒のストッキングに包まれた長い脚を
ハイチェアーに投げ出すかのように組んで
何本もの煙草を吸っていた
煙草を吸わない僕は
不思議に煙草をたしなむ女性に惹かれる癖があり
その時も煙草の甘く切ない香りにわが身をゆだねながら
上司らしき人との会話に余念のない貴女を見ていた

よっちゃん、貴女と二度目の出会いは意外に早く
その時もやはりあのバーだったのだけれど
貴女は一人で店に来ていてゆったりと自分の時を楽しんでいるかのよう
何か悩みごとがあるようで
しきりに人生経験の豊富そうな店のマスターに何かを質問している風だったけれど
マスターときたら、何もしゃれた答えは出せずにただ頷いていたものだ

その時のよっちゃんは、やはり煙草を何本も燻らせるのだけれど
ふと、気がついたのはカウンターに置かれたガラスの灰皿に
幾本も捻じ曲げられ押し込まれた吸い殻のフィルターに
貴女の口紅は付着していなかったこと

よっちゃん、貴女は煙草を吸うために口紅は付けない主義だと
煙草のフィルターに口紅が付着するのが嫌なのだと
僕からの質問にそっけなく答えてくれたね
そう言われて改めてあなたの唇を見ると
仕事の出来そうなやや崩れたキャリアウーマンという
貴女全体のイメージからはそこだけ雰囲気が違うような、
優しいピンクの柔らかそうで控えめな唇に、意外に思ったものなんだ

吸い終わった煙草をガラスの灰皿の縁でもみ消し潰しながら
貴女は「あなた、わたしに気があるの?」なんて
とんでもない質問を僕にぶつけてきた
そして「男なんて何人も何人も知っているわ」と
蔑んだような眼で見つめる貴女がいた
僕を見つめる貴女の瞳は大きく、少し茶色がかっていた

その時のよっちゃんはどうかしていたのだろうか・・僕が聞きもしないのに
「わたし、セックスだけのために付き合ったオトコもいたわ」
なんて僕に宣言するものだから、こういう女性と出会ったことがない僕には
どう反応していいかわかるはずもなく、
多分、とぼけた顔をして頷くしかなかったのだろう
「ああ、気持ちいい!ってそれだけ、最低だよね」
悪戯っぽく僕に目をやりながら煙草を咥え直す貴女が居て
それは四十歳代にしては奥手の僕には
女性にも男性のようにセックスだけを求める気持ちもあるのかと
僕より一回り以上も若いこの女性の大人の感覚に、ちょっとしたショックでもあった

貴女に三度目に出会ったのは、あれは夜の公園
メールをもらって急いで駆け付けた僕の前で貴女は泣いていた
仕事を辞めさせられると、どうしていいかわからないと

今ならパワハラなどと言う言葉もあるが
未だその当時は会社の上司には逆らえない風潮の中
いくらでも候補がいる事務の女子社員としては
不適格という烙印を押されていたのだった
そして実はこれは後で知ったのだけれど、その同じ頃に
貴女は長年想い続けていた青年と別れることになって
失恋し半ば自棄になっていたのかもしれない

そして、三度目の出会いの後で・・身体を重ねた僕の前には
あのバーで「男なんていくらでも知っているわ」と
強がった大人の女性は消えてなくなり従順で感情の高ぶりのままに身体を任せる
とても男性経験が豊富とは思えない一人のごく普通の女性がいた

よっちゃん、貴女は男などいくらでも知っていたのではなく
男をたくさん知っているふりをしていただけだったんだよね
そのことを僕に読み取られたその恥ずかしさゆえか
貴女は僕の前では前にも増して強がりを言うようになったけれど
僕にはそういう貴女がことのほか可愛く感じられるようになっだのだから・・
不思議なものだ

貴女が本当に強い女性などではないことは
それ以来、貴女が心療系統の病院へ通い続ける羽目になったことを見ても
分かることなんだけれど
でも、貴女が心の病を決して受け入れるつもりのないことは
貴女の常の強がりを見る僕には十分理解できているつもりなんだ

よっちゃん、心の隙間を埋めるかのように
貴女は僕を誘い出してはあるいは僕の誘いに乗ったふりをしてきては
僕と肌を重ね合わせてくれた
真っ白な肌、驚くほど大きくて豊かな弾力の胸、細く長い髪、綺麗に括れた腰の線
優しい息遣い、そしていつも最後に見せる涙

僕は貴女を抱くことはできても
貴女の想いを僕の人生として受け止めることなどできず、
それは僕にすでに伴侶がある故なのだけれど
いつのまにか、そのことは時間が解決すると思ってしまった

けれど最初に出会ってからもう十年、僕の家庭は綻びる隙間を得ず
ただ己の人生だけを守ろうとする僕の思考に
家庭を崩壊させて貴女と真に向き合うつもりもなく

それに気がついたのか、いや、はじめから判っていたのか
よっちゃん、ここ一年ほど、貴女が僕との距離を置き始めた
本当は
本当は
貴女を追いたい
貴女を我がものとして掻っ攫っていきたい

だがそのことが還って、煙草のフィルターに口紅がつくからと
素のままの唇で煙草を吸う生真面目な貴女の心を傷つけ
貴女の病を余計に深くするのは間違いがなく

僕はただ、よっちゃん、貴女との
間隔が以前の数倍に空いてしまった二人の時間を待ちわびるしかなく
本当は何もかも捨てて貴女を奪いに行きたいのだけれど
そんなことは安物の恋愛小説か演歌もしくは四畳半フォークの世界でしかないのだと
本当はどうしようもない崩れた人間というのは僕のことなんだと
僕は自嘲するしかなく

よっちゃん、やはり貴女は僕よりはずっと大人で
何もかも分かっていながらこの十年を過ごしてくれていたのだろうね
そして・・今夜もふっと僕のことを思い出したら
クスリと、苦笑いしているだろうなぁ
煮え切らない僕のこと

(銀河詩手帖271号、那覇新一名にて掲載作品)

詩小説・月光と海

月光
目の前に広がる乳房は青白い
柔らかな稜線も仰向けになれば重力によって圧されて
僕はその上に乗った青黒い乳首に自分の唇を這わせ想いを添わせていく

耳に聞こえるのはただ波の音だ
いや
すぐ近くを走る国道のクルマや鉄道の列車の音も聞こえているはずではあるが
君はいざ知らず
僕の耳に聞こえているのは波の音と
周囲を気にして抑えているだろう君の囁くような息遣いだけ

小望月の青白い光と
住居や道路、公園から漏れる水銀灯や蛍光灯の類の明かりが
暗闇のはずの夜に僅かばかりの色合いを漂わせる
夜はけっして闇ではなく蒼いのだ
深く透明な蒼なのだ

波の音は時に激しく
時に優しく僕たちを包む
不思議なことに、君の息遣いも波の音と合わせているかのように
激しくなり優しくなり哀しくもなる

満ち潮になれば消えてしまうだろう僅かばかりの砂浜
その砂浜に乗せられている巨大なヒトデのようなテトラポット
そして近代が始まったころに積み上げられただろう石垣
後ろには黒ずんだコンクリートの堤防が聳える

僕たちは石垣の上に座って海を眺めていたはずだ
巨大な太陽が水平線に没するその少し前から
お互いにビジネススーツに身を包んでこの場所で並んで座っていた

夏ではない
秋であり今日の寒さはすでに気が早い冬のようでもある
風は冷たく波は白く空は大きく
君がどう思っていたか知る由もないが
少なくとも僕はやりきれない気持ちでいた

「海が見たい・・このあたりで夕日が沈むんよ」
一緒に乗った快速電車が小駅を通過するとき
電車のドアに向かって立っていた僕たちは無言だったが
ふっと、君が呟いた
長方形のドア窓の外には夏にはにぎわうビーチが広がる

その言葉に
二人の間に篭るどうしようもない遣り切れなさから
そこから逃れたかのように感じたのは紛れもなく僕のほうだった
「次で降りようか」
僕の言葉に君は僅かに頷いてくれたのだ

駅前の歩道橋を渡り、この場所に居ついたのは
僕がかつてこの町の住民でここをよく知っていたからに他ならない
かつての僕は一人静かに波を見ることが好きな感傷的な少年だったのだ

水平線に向かう太陽は
その直前に空全体をオレンジ色に染め
町の建物の色合いさえもオレンジに変えてしまう

そのあと水平線にかかるとさしもの強烈な太陽光もおとなしく
丸い輪郭をはっきりと見せてくれながら海の先へと落ちていく
刹那
太陽は水平線に沿って横に僅かに広がり
まるで巨大な頭と肩が出現したかのような表情を見せてくれるときがある

その太陽を地元の人は達磨と呼ぶが
今日の太陽はまさに達磨だった
息を呑み、その太陽を見ている僕たちは
あまりの風の強さとその風が引き込む寒さに
自然に肩を寄せ合っていた

太陽が没すると、空に占めるオレンジの割合は急速に減じられ
代わって濃紺の夜の空が出現するのだけれど
満ちるしかない今宵の小望月はただ明るく蒼く
僕たちは波頭や石垣とともに月明かりの蒼さに照らされることになった

僕は君を失いたくない・・
それは妻も子もある僕という男の身勝手な想いだったけれど
君がもう決めてしまった以上は僕は従うよりほかに術がなく
だから今宵は二人で過ごす最後の夜になるはずだった

だのに、君ときたら太陽が沈んで寒さと暗さが辺りを覆うようになった頃
突然、こう叫んだのだ
「わたしたち、はじめっからつきあってへん!」
そうして僕の腕の中に飛び込んできた
「別れるなんてありえへん・・ただの友達やもん」

僕ときたら
そのある意味暴走ともとれる君の想いを
受け止めるというよりも一瞬で自分の都合の良いほうに解釈をして
そのまま君を抱きしめることしか能がない
抱きしめたら口づけだ
そして僕は君のブラウスの白い布を脱がしてしまったのだ
レースの下着を捲り上げるとそこには柔らかな形の乳房がある
それは夜の蒼い光の中で
この世のものとは思えぬほどに浮き上がって見えた
息を呑むとはこのことだ

寒さなど関係なく
二人肌を触れ合わせ押し付けあうことで暖かさを感じることができる
もちろん
僕と君は今宵が始めての逢瀬でもなく
僕は幾度となく君を女として抱きしめてはいるが
それでも、今の君はこれまで見たどの君よりも僕の心に染み入るのだ

僕の上着を掛け布代わりに
少なくとも遠目からは君や僕の肌が見えないようにはしていたが
その心配も不要な寒い夜であり
この時刻には釣り人も辺りにみえず
つまるところ大空の下には僕たちだけが蒼い月光を浴びている

小さな肩
長い髪
薄く控えめな唇
思いのほか豊かで形の良い胸
柔らかくくびれたきれいな腰の線
寒さに鳥肌立つ君の胸も
やがては体温で温められ滑らかになる

そのすべてが月の醸し出す蒼い光に
かすかに照らされ
闇の中に浮き上がる
そして僕たちは波の音に抱擁されていく
ベッドではない石垣の
肌や肉を通り越して骨にあたる痛さもまた
かえって僕をたぎらせていくのだから不思議ではある

愛しているなどと月並みな言葉を吐いたその瞬間に
すべてが終わってしまうようなその儚さ
もちろん愛している
だけれども今の僕は君を人生の伴侶にはできないし
君も僕を自分の終生の相手とは認められるはずもなく

世間で言う危ない関係であったにしても
そこに想いの真実もあることを叫びたいけれど
そんなことをしたら二人とも世間にも会社にも居られなくなってしまう
その危うさが実は還って二人を引き寄せることが
いまだに理解できないでいる小望月の海辺

「いやだ。いやだ・・あなたと離れたくない」
「ほしい、欲しいのこれが・・この男が」
君は普段の穏やかさ大人しさをすべて捨て去るかのように僕にささやく
君と僕とはつきあってなどいないはずだったのではないのか

僕はここから先に待っているのは明らかに地獄ではないかと知ってはいる
いや
もう地獄でよいのだ
君が得られるならば

寒く冷たい風が吹き、ブラウスのボタンをすべてはずされ
あらわになった君の胸は豊かな稜線を見せながらも僕をいざなう
その胸の柔らかさ、暖かさを僕は求めていて
その先にある荒海へと漕ぎ出そうとする自分を
なんともおかしく、なんとも情けなく思ってしまうのではあるけれど

僕たちの上の蒼黒く透明な空こそ
僕たちを守ってくれているものであるとは
僕たちはまだ
理解できていないのかもしれない


(銀河・詩手帖256号掲載作品)

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