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kou1960

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湧き出るもの

モノクロ夜ポートレート作品

あなたと抱きしめあったのは二人の想いの高ぶり
やっとこうしてあなたを僕の腕に包み込むことができたその喜びと
なにがどうなていこうが、どうでもよいというような投げやり
無我夢中であなたの肩を抱きしめ
無我夢中であなたと唇を交わす
いきなり入れてきた、あなたの舌の冷たい感触
お互いの唾液の混ざり合うその先の興奮
唇を吸うのではなく舌を吸う
舌を味わう
あなたの息は激しく、腰がくねる
僕たちは抱き合ったまま倒れこみ
床の上で身体を重ねる
ボタンをはずすのももどかしいブラウスの
それをはずし終えた後に現れた
胸を包む下着に僕は少したじろぐ
あなたは僕の手を助け、背中のホックをはずし
決して大きくはないが美しく丸々白い乳房
何をどうしようと考えたわけではなく
ただ僕はあなたの乳房を揉む
あなたは身体を仰け反らせ感極まった声を発する
あなたの小さな胸は
固い芯がその大部分を占めているようで
揉むほどにその弾力が跳ね返ってくる
そしてそのたびにあなたは声を上げ、身体をくねらせる
僕は自然にあなたの片方の乳首を咥える
小さな胸の上にしっかりと存在感を示すそれは
咥えるほどに固くなり少し大きくなる
片方の乳首を咥え、もう片方の乳房を揉みしだく
肌を合わせている二人に間には冷たい汗が湧き出てきて
あなたの滑らかな肌と
僕の武骨な肌の潤滑をしているようだ
やがて僕は咥える乳首を変え
また同じことを左右転じておこなっていく
誰かに教わったものではないし
たしかに成人映画のビデオなどを隠れて観た時に
こういうことを覚えたのかもしれないが
それがことのほか素直に進む自分が不思議で
いま、あなたに乗りかかっているその僕の背中から
別の僕が意地悪な目で見ていそうな気もする
乳首を舐め尽くした僕の舌は
もう一度あなたの口元へ吸い付いて
あなたの舌を求めていく
舌を絡ませ唾液を吸いあう冷たい三つのやり取りの中に
ときおり、驚くほど熱い息が混ざる
そして僕の舌は
あなたの顎下から首筋へ肩へ
更に待った乳首へ求め続けていく
長い時間をかけてあなたの身体を下がってきた僕の前には
森に包まれた谷があり
そこにはいい香りが漂う
そっとその谷へ指を入れてみると
激しく身体を仰け反らせる、あなたの声が
二人の部屋の闇に木霊する
冷たい谷あいの中で僕の指が探し当てた泉が
驚くほどのたっぷりの清水を湧き出している
思わず、それをこぼすまいと僕は
丹念に舌で救い上げすする
柔らかい風が吹いてあなたの口から出るのが泣き声に変わる
しっかりとした弾力を持つその泉は
谷あいの中にそびえるや山の頂上にあり、ゆすってみると
あなたの泣き声が大きくなる
そしてさらにたくさんの清水があふれ出る
その山の下の深く冷たい洞窟の中へ
ゆっくり指を入れる
指が洞窟の壁に触れるたび
あなたが激しく身体をくねらせ泣いているような叫び声を上げる
地上の森の上にも清水があふれ出て
もはやあなたは僕の男としての芯を受け入れる
もういちどあなたの顔と同じ高さまで登り
また激しく口を吸いあう
今度は力の限り強くあなたの乳房を揉みしだき
二人の間の汗の流れが川のようになったとき
僕は最後の力を振り絞る
うす暗い部屋のわずかな明かりにあなたのセミロングが乱れ
宙に顔を向けて、喘ぎ喘ぎ汗をかくあなたの表情が
この世のものと思えぬほどに美しい
お互いが息を合わせてすべての力を下半身の一点に向け
最高の快楽を得ようとしたとき
僕はあなたと離れられなくなった自分を感じる
洞窟の奥で自分の先端から出るべきものがすべて出てしまった後も
あなたはまだ僕を放そうとはせず
全力で求めてきている
僕はその姿勢のままにあなたに応えようと
更にすべての精を出し尽くしていく

「好き」
やっと、それだけ呟いたあなたの
乳房をまたゆっくりと揉みながら
「僕も」と答える
また熱い抱擁が始まる
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幸せの黄色い電車

吉井川115系

列車に乗る前に駅ビルの食堂で酒を飲んだ
そのゆえか、眠くて仕方がないのは確かだった



・・・素直になれよ
「なってるわ」
・・・なってないよ
「私はいつも素直よ」
・・・じゃ、なんで俺の言葉を受け止められないんだ
「嫌なの、ね、わかって」
・・・そんなはずはない、あのときだってお前は
「あのとき?それはどのときなのよ」
・・・何度も抱き合ったじゃないか、そのときだ
「そりゃ、性的な歓びはあるわよ、でも、それがすべてじゃない」
・・・そんなはずはないんだ
「いい加減、目を覚ましてよ、あなたは片思いだったの」
・・・ちがう
「違わない、私はあなたと人生を行きたくない」
・・・じゃ、誰となら生きていけるんだ
「まだ誰かは決めてない、誰に決めようと私の自由」
・・・きっと、あいつなんだろ!
「だから今はだれとは決めてないって!」
・・・嘘だ
「いい加減にしてよ!」



ハッと気が付いた
列車の座席に身をゆだねたまま
眠っていた
なにか、叫ばなかっただろうか
幸い、隣の座席は空いているけれど
ほかの座席にはもちろんほかの乗客がいる



だれも私のほうを見ていない
きっと私は叫ばなかったのだろう
嫌な夢だ
もう、二度と思い出したくない男の情けない姿だわ



窓の外を見る
列車は春の柔らかい光の中を快走している



・・・由美ちゃん
「ん、健太やん」
・・・久しぶりやな
「ほんまや、めっちゃ、ひさしぶりやん」
・・・元気そうで何よりや
「うん、健太は?」
・・・わしなぁ・・
「うん?」
・・・もう、この世におらへんのや
「え・・死んだん?」
・・・知っとるやろ
「え・・ぜんぜん知らへんし、なんで?」
・・・お葬式に来てくれたやん
「そうやったかなぁ」
・・・由美ちゃんな
「うん?なに?」
・・・もうすぐ、ええことあるで
「そうかなぁ、なんもええことないんやけどね」
・・・もうすぐや、もうすぐ
「そうかなぁ」



また眠っていたよう
景色を楽しみに乗った列車で景色を眺めないなんて
ちょっと自分がおかしくなる
さっき呑んだお酒のゆえかな



それにしても、そうよね・・健太、死んだよね
小学校6年生の夏、クルマに轢かれて・・・
お葬式にも行ったわ



ワタシ、健太が生きていたら
健太と結婚したと思う
健太、初めてキスをしたよね・・
お互い下手で・・何がいいのか分からなかったけれど
小学生の恋ってああいうものだろうね、きっと



それからすぐだったね・・あなたが逝ったの



変な男ばかり捕まえて
変な恋愛ばかりしたわ
気が付けばワタシももう三十路か
お嫁の貰い手がないってこのことよねきっと



言い寄ってくるのは、この女は自分のものだと言いたげな顔をした
ごろつきばかり・・



そやけど健太
列車の中の私にわざわざ「ええことあるで」って
どういうことやろうね
ほんとうに「ええこと」あってほしい
健太と結婚したかったな
いい家庭になっただろうな
健太、どこにいるの?
あの世?
それはどこ?
会えないのかな?



悲しくなってきた
私は泣き上戸だった・・これを抑えるにはさらに酒がいる
降りようか・・
このごろのJR特急は車内販売はないし、急ぐ旅でもない
予約しているシティホテルに夕方までに入るには時間の余裕もあるし
ちょっと降りて、駅の中ででも酒を飲んでみよう



嫌だなぁ・・
「独身女性」であるはずの私が、酒を飲むために列車を降りるって
いつからだろう、こんなに可愛くない女になったの
少なくとも、健太とキスをしたころは可愛い女の子だったはずよ



降りたのだけど、駅近くに昼間からお酒を飲めるお店なんてないって
「ちょっとお酒を飲める店ありますか?」
そんなことを駅員に聞いたら怪訝な顔をして
「ここは田舎ですから」って苦笑してたけれど
ちょっといい男だったわね
あなたでもいいよ、私の相手・・
って、そんなわけにもいかないよね



おまけに降りてしまったら次の特急は1時間後、鈍行なら20分ほどであるっていうけど
仕方ないから鈍行で行くわ
急ぐ旅ではない・・けどね
お酒は駅前の自販機でみつけただけ
これも仕方ないからそれを買ってきたの



なに、真っ黄色の電車!
「幸せの黄色いハンカチ」って、映画あったね
じゃ、この電車は「幸せの黄色い電車」って
何か幸せが探せるかな



空いているし、鈍行なのに座席は前向きの座席だし
お酒を飲むにはちょうどいいわ
駅前で見つけた缶ビール、好きな銘柄じゃない
これまた仕方ない・・
仕方ないが三つ続いたから、今度は仕方あるにならないかな
仕方ある、仕方ある・・
それって、運命?必然性?



「あの、そこ、宜しいですか?」
「あ・・はい」
私は窓にところに並んでいる空き缶をちょっと恥ずかしく思いながら
自分の横の荷物を膝の上に置き、件の男性の席をあけた
いつの間にか、列車は混んでいた
「お酒を飲みながらの旅ですか?いいですね!」
「あ・・はい、とても楽しいですよ」
そういい、その男性と顔を見合わせて笑った
彼も手に焼酎のカップを持っていた

詩小説・海の底

ファンタジー.コンチェルト

山から吹き降ろす北風のことを神戸では六甲おろしという。
その六甲おろしの吹き荒れる神戸港はかつての国際貿易港の面影も薄れ、ただ、港の風景の美しさだけで人が集まる観光の港になっていないか。
「神戸港って、観光船ばかりで仕事の船がほとんど見えないのよね」
君は、吹く風にもともと薄紅の頬をさらに赤くさせて鼻水交じりの声でそういう。
「貿易はポーアイとか、六甲アイランドがあるから」
僕は諭すように言ってみるが神戸港中心部であるはずの中突堤付近の様子はどうだ。
忙しく働く船など見えず今しがた沖へ向かって出て行ったのは白い船体が美しい「コンチェルト」という観光船だし、埠頭に停泊しているのも「ロイヤルプリンセス」「ロイヤルプリンス」「ファンタジー」という瀟洒な観光船ばかりだ。
少なくとも、震災前の神戸港ではたくさんの武骨な船が忙しく走り回る姿を見られたものだ。

風に向かって君が何かを叫んでいる。
風と波の音で君は何かを言っているのだろうが、その言葉の意味が僕には届かないし届かなくてもどうでもいい気がするが、なにか、君の触覚にかかる獲物であったのだろうか・・
君はコートの中に隠しているNikonを取り出してバシャバシャとシャッターを切る・・秒間何コマという連写モードにしているようだ。
コートの胸のあたりがいつもよりもさらに膨らんでいるのはそこに一眼レフカメラを入れて、カメラが長い時間冷たい風にさらされないようにしているからだ。
「何を撮ってるの?」
「・・・・・・・」
「ん?聞こえへん」
僕のほうを見て、大声で叫ぶ。
「かもめ!」
叫ぶ表情がまるで女子中学生のようなあどけない感じなのがなんともおかしいが、船ではなく、船の上や桟橋の屋根にいるカモメに目を向けるなんていかにも君らしい・・
「かもめ、寒くないんかな!」
「鳥やからね・・寒さには慣れているやろうけど」
すると君はくるっと、踵を返して僕を睨み付ける。
「鳥も寒いんだよ!」
一瞬たじろぐ僕は、君が自宅でことのほか可愛がっている小鳥を思い出した。
「そうやったね・・」
「ふん!」すねるようなしぐさを見せ、君はまたNikonのファインダーを見つめる。
シャッターが連続でバシャバシャと切れていく。
「どんな写真が撮れたの?」
「みせない・・」
「意地悪やな・・」
「鳥も寒いんやもん」
「わかったって・・ごめんって言ってるやろ・・」
すると君はいたずらっぽく僕の顔を見つめ、ぐっと近づいてくる。
「これ・・」
カメラのモニターに先ほど撮影した何枚かを見せてくれる。
かもめのポートレート、300ミリのEDガラスを使った高価な望遠レンズも君にかかるとそこにいる鳥の表情をとらえるためのものなのだ。
「あんたは何か撮ったの?」
ああ・・
僕は君のカメラよりはずっと安いコンパクトデジカメを出してモニター見せた。
「相変わらず絵葉書みたいやんか」
くすっと笑いながら君はつぶやく。
確かに、僕の写真は絵葉書だ。
ただ美しいだけの、構図も露出もばっちりと決まっている絵葉書写真だ。
そこから先へ進めなかったからこそ、時代の変化の中で僕は写真の仕事を失い、ちょうどその時がフィルムからデジタルへの移行時だったこともあり、今、趣味でカメラを触っている君よりずっとみすぼらしいカメラしか使えないのだ。
「絵葉書しか、よう撮らへんのや・・」
自虐的に僕がそういうと、君は先よりさらに強く僕を見つめ返す。
「絵葉書でええやん、あんたの良さはその絵葉書にあるんよ」
「ほう・・」
おもわず感嘆してしまう。
実は僕は僕の絵葉書写真が大好きなのだ。
冒険したくても、美しくきれいにしか撮りたくない僕はその冒険を自分で拒否してしまう。
ブライダルでもポートレートでも、あるいはイベントの撮影でも、僕はきちんと美しくしか撮れないし撮りたくなかったのだ。
奇をてらったものはいずれスタンダードに駆逐される・・それは僕の持論ではなく、世間一般の流行の基本のようなものだが、時には奇をてらったものが新しいスタンダードになっていくこともある。
そうであれば、それまでのスタンダードが駆逐されてしまうことになる


そう、僕は写真の仕事を失った。

「結局は俺は下手やったんやな」
ふっと出た言葉を君はすぐに打ち返してくる。
「下手かどうかはしらんけど、あたしはあんたの写真が好き」
喋りながらもう君は次の船の屋根に乗るカモメをレンズで追う。
「ね・・寒いよ」
「寒いね」
「さっき買ってたあれ・・」
「ああ・・忘れてた」
ここへ来るまでの売店でワンカップ酒を二本買い込んで僕はそれをバックに入れていたのだった。
「要る?」「ほしい・・」
ワンカップを手渡す。
「蓋、取って・・」
蓋を取り、もう一度手渡してやる・・
ワンカップにそろりと口を持っていく仕草は女性のそれではなく、そこらの酔っぱらいのおっさんのようだが、君がそういう仕草をすると妙に艶めかしいのが不思議だ。
そのまま、一気に呑んでしまう。
「あんた、呑まないの?」
「うん、なんとなく呑みたくない・・要るか?」
「うん、もう一本ちょうだい、ちょっと暖まってきた」
同じ仕草の繰り返しで二本目も一気に呑んでしまう。
「暖まったか・・」
「うん・・」君の眼はもうカメラのファインダーだ。
またバシャバシャと連写の音が響く。
いいなぁ・・あのNIKON・・僕は君のカメラがうらやましくて仕方がないが、レンズ付きで三十万円を超えるものなど買えっこない。
港を離れ、歩道橋から元町へ向かって歩く・・港を離れ、数百メートルも歩くと風は少し治まってくる。

山の手へ上がる坂の途中のコンビニで僕たちはそれぞれ好きな酒類をいくつか買う。
どうしてだろう、こういう時は何も言わずともお互い向かう先は一つなのだ。
そして、そういうところに着いて、まずは散々酔ってから僕たちは今度は二人の海の底に至るしかない。
ため息が出るほど美しい君の裸をいつかは撮影したいものだと思いながら・・僕は君の求めに応じていく。
汗や体液や酒の匂いが混ざった甘い香りが僕たちを包む。
「なぁ・・」
「な~~に」
「いちど、撮らせてよ、君のヌード」
「やだ・・」
ひと休みしている時のその会話の後、また君が求めてくる。
深い深い海の底、港のあの景色の底のほうへ・・今だけは沈んでいたい・・
オレンジのわずかなライトに浮かび上がる汗を纏った乳房の美しさにため息をつきながら「もしも、俺がこれを撮影出来たら俺は写真家としてもう一度浮かび上がるかも」などという思いが一瞬湧き上がるが、それは自分が求めていた写真の方向ではないとすぐに思い直す。
「やだ・・あたしのほうを見てよ・・何か他のこと考えているでしょ」
「いや、ちがうちがう、君があんまりきれいだから」
「うそ・・」
そういって君はまた求めてくる・・山の手にあるはずの海の底。

詩小説・・冬涙

浮島と太陽


北風が荒れ、晴れているはずの空を灰色の雲が覆い
わずかに水平線あたりだけが明るく見える夕方
僕はあなたの面影を探しにここにやってきた
そう、あの日もこんな寒い日だった
寒い日の夕方、日没を見ようと言い出したあなたの
・・・・僕たちはそのころ、すでに離れなければならない状況に追い込まれていたのだ・・・・
そのあなたの言葉に舞子駅から海岸に出て
マンションの裏手の石垣とわずかな砂浜があるこの海辺で
二人立ったのだ
日没時、太陽は僕たちの期待通りに
水平線上わずかなところで顔を出してくれ
周囲を赤く染める
寒い季節の浮島現象が遠くの島々を浮かすようにみせてくれる
そこにさしかかった太陽は浮島を飲み込みながら
それも不思議に島が浮いたまま太陽の円の中に入り込んで
さらにその場所で太陽の左右の裾が流れ
達磨太陽と呼ばれる一年でも数えるほどしか見られない光景を現出させてくれる

僕たちはいつの間にか、立ったまま抱き合っていた
二人して何も語らず太陽を眺める
強い風が頬を容赦なく襲う
あなたの身体の温かさが僕にゆっくりと伝わってくる
太陽はやがて半円から円の上部の弧だけしか見えなくなり
それもやがて点のように最後の光を強く出しながら消えていった

呆然と、と言うのはこのときの僕の気持ちだったのだろうか
あなたの心の中まで僕には見えない
「もう、会えないね」
つい、先ほど明石の街中で歩きながらあなたが口にした言葉
僕たちが会うことで傷つき悲しむ人たちがある
それは今までも見えていたはずなのに
誰かにわずかに覚られたことで二人の長い秘密の季節が終わることを
僕たちは改めて感じていた

太陽の沈んだ空は急速にオレンジから紺へ、紺から濃紺へその色合いを変えていく
僕とあなたに吹き付ける風は強く冷たく容赦がない
日が沈んだことで風の力は勢いを増し
それゆえに僕たちは離れることができないでいる
やがて、僕は自分の感情の高まりから
あなたを正面から抱きしめた

風の冷たさゆえか頬が凍えているような
あなたの唇を僕の口で覆いこんだ
あなたのオーバーのチャックをはずし
あなたの胸の柔らかさに僕の手が震える
あなたの息遣いが激しくなり二人はそのまま石垣の上

あの時から三年が過ぎていた
僕の家庭は壊れず、あなたは風の便りでは今も独身で
だからまたあの頃のような関係に戻りたいと
そう願っていてもそれを言い出せない自分があり
いや、それはしてはならぬことだと・・
自分に言い聞かせてきた

今、この海岸に立つ僕は
あのときを再現しようとしえいるのだろうか
冷たい風、白い波、その中であなたの唇の柔らかさ
あなたの胸のやわらかさ温かさ
そして激情は抑えられず
寒さのなかで、誰も見ていないことをいいことに
僕たちはこの場所で石垣の上に寝転んで
男と女の営みをやってのけてしまった
あの頃の自分に帰りたいと思っているのだろうか

けれど
今日の太陽は水平線上にも顔を出してくれず
空は赤くならぬままに、群青へと変わっていく
家庭を壊したくない僕は
ただ、自分のよくのためだけにあなたを求めていたのだろうかと
自問もしてしまう

答えなどないのかもしれない
純粋に僕はあなたが好きだった・・
そう言ってしまえばそれで済むことなのかもしれない
自分の感情が自分でコントロールできず
あの白い波のようにあちらこちらへ無謀にも寄せて
そしてぶつかって返されていく

会いたい!
そう、言葉が出た
最初は小さく、やがて大きく
海に向かって叫ぶ
「会いたい!」
蒼に染まる海と空の間に

淡路の黒い・・そして裾に人工の光を瞬かせる島影がたたずんでいる
涙が頬を流れる
海も島影もかすんでいくがその涙さえも
冷たい風に洗われる冬の早い日没後だ

よっちゃん

ジンジャエール


よっちゃん、貴女と初めて出会ったのは僕の行きつけのバーだったね
そのバーは厳めしい髭面のマスターがいるお店で
いろいろなお酒を安い値段で出してくれるのでよく通ったところだ
貴女は会社の上司の方と来ていたようで
その方の話を表情を崩さずに聞きながら頷いていた

当時の僕はすでに妻子もある四十男で
貴女は美しい盛りの二十歳代後半だった

最初の貴女のイメージというものは
大人びた、いかにも仕事の出来そうなキャリアウーマンで
ビジネススーツをやや崩し気味に着こなし
黒のストッキングに包まれた長い脚を
ハイチェアーに投げ出すかのように組んで
何本もの煙草を吸っていた
煙草を吸わない僕は
不思議に煙草をたしなむ女性に惹かれる癖があり
その時も煙草の甘く切ない香りにわが身をゆだねながら
上司らしき人との会話に余念のない貴女を見ていた

よっちゃん、貴女と二度目の出会いは意外に早く
その時もやはりあのバーだったのだけれど
貴女は一人で店に来ていてゆったりと自分の時を楽しんでいるかのよう
何か悩みごとがあるようで
しきりに人生経験の豊富そうな店のマスターに何かを質問している風だったけれど
マスターときたら、何もしゃれた答えは出せずにただ頷いていたものだ

その時のよっちゃんは、やはり煙草を何本も燻らせるのだけれど
ふと、気がついたのはカウンターに置かれたガラスの灰皿に
幾本も捻じ曲げられ押し込まれた吸い殻のフィルターに
貴女の口紅は付着していなかったこと

よっちゃん、貴女は煙草を吸うために口紅は付けない主義だと
煙草のフィルターに口紅が付着するのが嫌なのだと
僕からの質問にそっけなく答えてくれたね
そう言われて改めてあなたの唇を見ると
仕事の出来そうなやや崩れたキャリアウーマンという
貴女全体のイメージからはそこだけ雰囲気が違うような、
優しいピンクの柔らかそうで控えめな唇に、意外に思ったものなんだ

吸い終わった煙草をガラスの灰皿の縁でもみ消し潰しながら
貴女は「あなた、わたしに気があるの?」なんて
とんでもない質問を僕にぶつけてきた
そして「男なんて何人も何人も知っているわ」と
蔑んだような眼で見つめる貴女がいた
僕を見つめる貴女の瞳は大きく、少し茶色がかっていた

その時のよっちゃんはどうかしていたのだろうか・・僕が聞きもしないのに
「わたし、セックスだけのために付き合ったオトコもいたわ」
なんて僕に宣言するものだから、こういう女性と出会ったことがない僕には
どう反応していいかわかるはずもなく、
多分、とぼけた顔をして頷くしかなかったのだろう
「ああ、気持ちいい!ってそれだけ、最低だよね」
悪戯っぽく僕に目をやりながら煙草を咥え直す貴女が居て
それは四十歳代にしては奥手の僕には
女性にも男性のようにセックスだけを求める気持ちもあるのかと
僕より一回り以上も若いこの女性の大人の感覚に、ちょっとしたショックでもあった

貴女に三度目に出会ったのは、あれは夜の公園
メールをもらって急いで駆け付けた僕の前で貴女は泣いていた
仕事を辞めさせられると、どうしていいかわからないと

今ならパワハラなどと言う言葉もあるが
未だその当時は会社の上司には逆らえない風潮の中
いくらでも候補がいる事務の女子社員としては
不適格という烙印を押されていたのだった
そして実はこれは後で知ったのだけれど、その同じ頃に
貴女は長年想い続けていた青年と別れることになって
失恋し半ば自棄になっていたのかもしれない

そして、三度目の出会いの後で・・身体を重ねた僕の前には
あのバーで「男なんていくらでも知っているわ」と
強がった大人の女性は消えてなくなり従順で感情の高ぶりのままに身体を任せる
とても男性経験が豊富とは思えない一人のごく普通の女性がいた

よっちゃん、貴女は男などいくらでも知っていたのではなく
男をたくさん知っているふりをしていただけだったんだよね
そのことを僕に読み取られたその恥ずかしさゆえか
貴女は僕の前では前にも増して強がりを言うようになったけれど
僕にはそういう貴女がことのほか可愛く感じられるようになっだのだから・・
不思議なものだ

貴女が本当に強い女性などではないことは
それ以来、貴女が心療系統の病院へ通い続ける羽目になったことを見ても
分かることなんだけれど
でも、貴女が心の病を決して受け入れるつもりのないことは
貴女の常の強がりを見る僕には十分理解できているつもりなんだ

よっちゃん、心の隙間を埋めるかのように
貴女は僕を誘い出してはあるいは僕の誘いに乗ったふりをしてきては
僕と肌を重ね合わせてくれた
真っ白な肌、驚くほど大きくて豊かな弾力の胸、細く長い髪、綺麗に括れた腰の線
優しい息遣い、そしていつも最後に見せる涙

僕は貴女を抱くことはできても
貴女の想いを僕の人生として受け止めることなどできず、
それは僕にすでに伴侶がある故なのだけれど
いつのまにか、そのことは時間が解決すると思ってしまった

けれど最初に出会ってからもう十年、僕の家庭は綻びる隙間を得ず
ただ己の人生だけを守ろうとする僕の思考に
家庭を崩壊させて貴女と真に向き合うつもりもなく

それに気がついたのか、いや、はじめから判っていたのか
よっちゃん、ここ一年ほど、貴女が僕との距離を置き始めた
本当は
本当は
貴女を追いたい
貴女を我がものとして掻っ攫っていきたい

だがそのことが還って、煙草のフィルターに口紅がつくからと
素のままの唇で煙草を吸う生真面目な貴女の心を傷つけ
貴女の病を余計に深くするのは間違いがなく

僕はただ、よっちゃん、貴女との
間隔が以前の数倍に空いてしまった二人の時間を待ちわびるしかなく
本当は何もかも捨てて貴女を奪いに行きたいのだけれど
そんなことは安物の恋愛小説か演歌もしくは四畳半フォークの世界でしかないのだと
本当はどうしようもない崩れた人間というのは僕のことなんだと
僕は自嘲するしかなく

よっちゃん、やはり貴女は僕よりはずっと大人で
何もかも分かっていながらこの十年を過ごしてくれていたのだろうね
そして・・今夜もふっと僕のことを思い出したら
クスリと、苦笑いしているだろうなぁ
煮え切らない僕のこと

(銀河詩手帖271号、那覇新一名にて掲載作品)

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