無料レンタル FC2 Blog Ranking story(小さな物語)

プロフィール

kou1960

Author:kou1960
小説専門のブログです。
小説の形を借りて自分史も入れたりしています。
もとよりアマチュアですし、たいしたものは書けませんが、楽しんでいってくだされば幸いです。FC2 Blog Ranking


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


ブロとも申請フォーム


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

秋色の貴女

加古川イメージDD51


長い鉄橋のある川岸、秋も深まった今日、僕は久々にここでカメラを構えた。
川のほうは今はトラス橋になっていて絵にするのが難しく、でも、僕はここでは川の土手から平野のほうを望む景色が好きなのだ。
愛用のニコンに長い望遠レンズを装着し、しっかりと身体で支える。

ファインダーで見る秋の平野は様々な色が多彩に咲いていて、その景色の真ん中を複線の線路がはるか遠くへ伸びている。
その線路の伸びる先に屹立する独立峰はこのあたりの神の山だ。

やがて、紅いディーゼル機関車がけん引する青い客車による列車が遠くに見えた。
僕はファインダーに集中し、レンズの腰を支えながら、シャッターボタンに指を乗せる。
ファインダーの中で列車の姿が少しずつ大きくなり、僕は夢中でシャッターを押し続ける。
列車の姿がファインダーから消え、僕はカメラを持った腕を下ろし、秋の景色に目をやる。
「もしかしたら、今日は会えるかも」
ふっと沸いた期待感と間髪を入れずに聞こえた声。

「会えると思ってくれた?」
優しく、心地よい貴女の声が聞こえる。
「うん、今日は気持ちの良い日よりだしね、こういう日に君に会えると期待していたよ」
「嬉しいわ、そういってくれるの」
カメラを持ったまま、後ろを振り返ると、秋色とでもいうのか、オレンジや茶、深緑をパッチワークのように組み合わせた貴女が立っていた。

ショートの髪、朱色の口紅、色白で頬のあたりが紅い、いつもの貴女だ。
「ここに来るの、ずいぶん、久しぶりでしょう」
「うん、仕事と家事に忙殺されてね」
「いいなぁ、幸せな家庭があるの・・」
貴女はそういって神の山のほうを見る。

「君にだってあったじゃないか」
「幸せ?ないよ、そんなもの」
「仕事のできるご主人と、可愛い子供さん二人と」
「見た目はね‥功徳とやらがいっぱいの家庭の演出」
「そうかなぁ・・取り方はいろいろだろうけど」

あの日、ちょうど今日のような秋の日だ。

時刻はもう少し後の頃か。
日没の頃、一人の主婦が、所用のためにこの景色の先の踏切を北へ急いでいた。
所用とは主婦が所属している宗教団体の、地域ごとにやっている小さな会合だったそうだ。
この地域特有の巨大な太陽が西に沈む。
神の山の稜線がオレンジに染まる空の下のほうでくっきりと浮かび上がる。

田圃の真ん中の踏切が鳴り、遠くから強いヘッドライトがゆっくり迫ってくる。
降りてきた遮断機をそっと持ち上げたその主婦は、やがて線路に座り込んだ。
電気機関車EF210の泣き叫ぶような警笛があたりに響く。
ブレーキシューが車輪踏面を押さえつけ、車輪とシューの鉄粉が線路に飛び散り、その接触の金属音が激しく長くこだまする。
主婦はじっと電気機関車をにらみつけていた。
「わたしをきちんと轢きなさい」と命じるかのように・・

「もうね、なにもかも嫌になったのよ。わたしはただの親の道具。幸せの演出も組織を守るため」
「そこのところは僕にはよくわからないけど、僕には十分、幸せに見えたよ」
「親の言うままに、教団の学校に行って、エリートとして帰ってきた時の私の心はボロボロ、そこには人間らしいものは何もなかったわ」
「そうか、僕はその頃には中学校を出て、鉄工所で仕事をしながら夜間高校に通っていたから、名門の学校に進めた貴女がうらやましかった‥」
「わたしには、自分の力で社会で生きて、自分の力で切り開くチャンスを持ったあなたが羨ましかったわ」
「そうかぁ・・えげつないものだぞ・・あの年ごろで一人で生きるのは‥」
「でも、それって親の意思はないでしょう…自分で決められるでしょう‥」
「確かにね‥」


機関車のヘッドライトが照らし出す田圃の中の踏切。
急制動をかけるも列車が止まれるはずもなく、うずくまる女性の姿は一瞬にして吹き飛び、そして機関車の後に続く長いコンテナ貨車の地響きのような制動音。
夕闇が迫る田圃や線路の中に飛び散る手足や肉片や衣服。

その場所は今は住宅が立て込み、僕は数度、そこへ祈りに訪れたけれどそこで貴女に会うことはなかった。
貴女に再開したのはその数年後にここの土手に来た時。
今日と同じように列車の撮影に来た時だ。

もちろん、僕は現れた貴女に対して、非常に驚いた。
だけれど、もともとが僕にとって憧れの女性だ。
中学生の頃の清楚な美しさが今も心から消えることはなく、ほかの人ならたぶん驚いて恐怖のあまりその場から逃げ出したかもしれないシチュエーションで、僕は生前に聞けなかった話を伺うことを却って嬉しく思ったものだ。

中学生時代は彼女から見て僕がかなりガキに見えたこと、今でも中学生の頃と同じようにカメラをもって列車を追うことにちょっと呆れていること、でも、そんな僕が羨ましかったことなど・・

「でもね・・君にとっては親の意思というものへの反発があることは認めるよ」
「うん」
「君のお子さんにはどうなの?お母さんを亡くして辛いのではないかな」
「わたしの両親がまだまだ健在です‥あとはまた、母親を亡くして苦悩する少年少女の立ち上がりのドラマを演出すれがいいこと」
「それはちがうよ・・」
「そうかしら」
「誰にとっても母親はかけがえのない一人のはず」

貴女は神の山のほうを向いて立ったままだ。
気に入らない言葉を僕が発すると貴女は消えてしまうかもしれない。
でも、僕はあなたとのこの時間を大事にしたい。
貴女に恋した中学生時代には持てなかった時間だ・

「ねえ、優美子さん」
僕は貴女の名前を呼んだ。
「今の君から、僕を見てどう?ちょっとは男として成長したかな」
貴女は振り向いた。
秋色のワンピースに包まれたその顔形は中学生時代の、あなたが幸せだった時代の姿だ。
「成長?」
そういったかと思うと大きな声で笑いだした。
「あなたが成長なんてしているはずないでしょ」
「そうかなぁ・・この頃、商売も手広くやっているんだけど」
「商売も何も、いまこうしてカメラを抱えて線路際に来ていること自体、あなたがあの頃のまんまってことよね」
そういって貴女はさらに声を上げて笑う。
まるで中学生の頃の天真爛漫な貴女を見ているようだ。

あの頃の僕は、貴女に憧れながらも、軽い会話はすることができても、じっくりと話をすることなど思いもよらぬ少年だった。
貴女のすることをじっと目を凝らして見つめながら、そのことを考える能力など持ち合わせず、帰宅途中の線路際で、ポケットカメラを取り出しては走る列車を撮影した。
その撮影の多くが貴女が列車に向かって行ったあの場所近くだ。

「優美子さん・・」
「なに?またなにか笑わせてくれるの?」
「いや、なんでこうして、君を死に追いやった列車を撮影する僕のところに出てくれくれるんだろうと思って」
ちょっと考えてから、彼女は優しい表情で僕を見つめ、そしてこう言ってくれた。
「きっと、あなたがあの頃のままだから・・」
「ガキのままってこと?」
「それもあるけど、わたしが憧れた、わたしの好きなあなたのままだから」
「僕を好きだと言ってくれるの?」
「好きだったよ、自由で楽しそうで…」

秋の風が吹く。
もう少しで貴女を撥ねたあの貨物列車の時刻だ。
「一つだけ、わたし、あなたに謝らなきゃ・・」
「なにを??」
「あなたの好きな列車を傷つけたこと、列車に恨みはないからね」

陽が沈む・・今日の牽引機はやはりEF210だという情報が入る。
遠くで踏切が鳴る。
僕はカメラのファインダーを覗く。
あなたが興味深そうに僕の横で、僕を見てくれているような気がする。
スポンサーサイト

湧き出るもの

モノクロ夜ポートレート作品

あなたと抱きしめあったのは二人の想いの高ぶり
やっとこうしてあなたを僕の腕に包み込むことができたその喜びと
なにがどうなていこうが、どうでもよいというような投げやり
無我夢中であなたの肩を抱きしめ
無我夢中であなたと唇を交わす
いきなり入れてきた、あなたの舌の冷たい感触
お互いの唾液の混ざり合うその先の興奮
唇を吸うのではなく舌を吸う
舌を味わう
あなたの息は激しく、腰がくねる
僕たちは抱き合ったまま倒れこみ
床の上で身体を重ねる
ボタンをはずすのももどかしいブラウスの
それをはずし終えた後に現れた
胸を包む下着に僕は少したじろぐ
あなたは僕の手を助け、背中のホックをはずし
決して大きくはないが美しく丸々白い乳房
何をどうしようと考えたわけではなく
ただ僕はあなたの乳房を揉む
あなたは身体を仰け反らせ感極まった声を発する
あなたの小さな胸は
固い芯がその大部分を占めているようで
揉むほどにその弾力が跳ね返ってくる
そしてそのたびにあなたは声を上げ、身体をくねらせる
僕は自然にあなたの片方の乳首を咥える
小さな胸の上にしっかりと存在感を示すそれは
咥えるほどに固くなり少し大きくなる
片方の乳首を咥え、もう片方の乳房を揉みしだく
肌を合わせている二人に間には冷たい汗が湧き出てきて
あなたの滑らかな肌と
僕の武骨な肌の潤滑をしているようだ
やがて僕は咥える乳首を変え
また同じことを左右転じておこなっていく
誰かに教わったものではないし
たしかに成人映画のビデオなどを隠れて観た時に
こういうことを覚えたのかもしれないが
それがことのほか素直に進む自分が不思議で
いま、あなたに乗りかかっているその僕の背中から
別の僕が意地悪な目で見ていそうな気もする
乳首を舐め尽くした僕の舌は
もう一度あなたの口元へ吸い付いて
あなたの舌を求めていく
舌を絡ませ唾液を吸いあう冷たい三つのやり取りの中に
ときおり、驚くほど熱い息が混ざる
そして僕の舌は
あなたの顎下から首筋へ肩へ
更に待った乳首へ求め続けていく
長い時間をかけてあなたの身体を下がってきた僕の前には
森に包まれた谷があり
そこにはいい香りが漂う
そっとその谷へ指を入れてみると
激しく身体を仰け反らせる、あなたの声が
二人の部屋の闇に木霊する
冷たい谷あいの中で僕の指が探し当てた泉が
驚くほどのたっぷりの清水を湧き出している
思わず、それをこぼすまいと僕は
丹念に舌で救い上げすする
柔らかい風が吹いてあなたの口から出るのが泣き声に変わる
しっかりとした弾力を持つその泉は
谷あいの中にそびえるや山の頂上にあり、ゆすってみると
あなたの泣き声が大きくなる
そしてさらにたくさんの清水があふれ出る
その山の下の深く冷たい洞窟の中へ
ゆっくり指を入れる
指が洞窟の壁に触れるたび
あなたが激しく身体をくねらせ泣いているような叫び声を上げる
地上の森の上にも清水があふれ出て
もはやあなたは僕の男としての芯を受け入れる
もういちどあなたの顔と同じ高さまで登り
また激しく口を吸いあう
今度は力の限り強くあなたの乳房を揉みしだき
二人の間の汗の流れが川のようになったとき
僕は最後の力を振り絞る
うす暗い部屋のわずかな明かりにあなたのセミロングが乱れ
宙に顔を向けて、喘ぎ喘ぎ汗をかくあなたの表情が
この世のものと思えぬほどに美しい
お互いが息を合わせてすべての力を下半身の一点に向け
最高の快楽を得ようとしたとき
僕はあなたと離れられなくなった自分を感じる
洞窟の奥で自分の先端から出るべきものがすべて出てしまった後も
あなたはまだ僕を放そうとはせず
全力で求めてきている
僕はその姿勢のままにあなたに応えようと
更にすべての精を出し尽くしていく

「好き」
やっと、それだけ呟いたあなたの
乳房をまたゆっくりと揉みながら
「僕も」と答える
また熱い抱擁が始まる
名鉄7507河和線



その女(ひと)は、見る限り、紅い色合いがこのほか好きなようだった。
紅いワンピース、紅いパンプス、紅い腕時計のベルト、深紅の口紅、セミロングの髪を紅いカチューシャで止め、そしてメガネのフレームも赤だった。
「わたしの時代が終わるの」
ふっと漏らしたその言葉に僕は背筋が寒くなるのを感じた。

美しい女性だ。
スリムな長身、豊かな胸、長く美しい脚をもつ美貌に恵まれながら、人懐っこい笑顔で何故かことのほか下町が好きらしく、お洒落な山の手よりは庶民の中に交じっている・・そんな人だ。

僕がその人と出会ったのは、もう三十年以上前の、名古屋に近い、決して都会とは言えない地方都市の、駅前にある居酒屋だった。
名古屋市内で数日の仕事をせねばならないが、どうもこの時は名古屋市内中心部で宿の確保ができず、やむなく、名鉄電車で少し乗ったこの町の、駅前の安ホテルを確保したのだった。

仕事を終えたのは遅く、空腹を抱えてこの居酒屋の扉を開けた僕の目の中に飛び込んできたのは、煙草の煙が充満する安酒場の中で、数人と楽しそうに酒を飲むその人のひときわ目立つ姿だった。

少し離れたところに僕は座り、ちょっと遠くから気になるその人を見ていた。
空腹に酒が入ったからか、普段の僕では絶対にしないようなこと・・女性に声をかけたのはその少し後だ。

トイレに立ったその人が自席に戻るときだった。
「お洋服、とてもいい雰囲気の色合いですね」
その人は何の警戒もなく、僕を笑顔で見つめてくれた。
「ありがと、ええ気色や」
見れば見るほどに美しい人なのだが、なんと名古屋弁のイントネーションで答えてくれた。
ふわりと温かな風が吹くような気がした。

そしてその人は一旦、自席に戻り、仲間に何やらちょっとだけ話をして僕のところ来てくれた。
一人客ゆえ、前の席は空いている。
その人は僕の前に座り、お店の人に「わっちの、こっちね」と、かわいい声で叫ぶ。
「ここ、座っていいですよね」
座ってしまってから僕に聞く。
「もちろん、美女が来ると嬉しいですから。でも・・」
「でも?なんでゃあも??」
「は??」
「ああ・・でもって、どうゆうことですかって‥」
僕を見つめてフフッと笑う。
整った顔立ちはテレビに出てくる女優でも、なかなかここまでも人はいないだろうと思えるほどだ。
「いや、お連れさんに失礼かなと」
「ああ、でゃーじょーぶ・・あのじんたち、ここで会ったばかりやから」
「は・・・」
「あ、ごめんなさい、あの人たちとはここでお会いしたばかりなのよ」
その人はそういったかと思うと大きく笑った。
真っ赤なカチューシャが店の照明に照らされて光る。
大きく開いた口元から見えた白い歯がきれいだ。
「すごく仲がよさそうでしたけど」
「そう?お酒とドラゴンズが好きな人に悪い人はいないわ」
「なんだか・・」
「な~に?」
「今日は何か嬉しいことがありましたか?」
「そりゃあ、ドラゴンズの圧勝じゃない、大量二十二点よ」
「あ・・そうなんですね」
「ホームラン八本、こんなの初めて!!」
「すごいですね・・」
「なんだ、あなた、テレビも見てなかったの??」
「仕事でして・関西から仕事に来ているんで」
「関西だったらタイガースでしょ!!今調子いいですよね」
「いや、ワタシは野球は全くダメでして・・」
「な~~んだ、面白くないヤツ・・」
その人は僕をちょっと蔑むように見て、そしてすぐに笑顔になった。
「まぁ、人それぞれそやから」
「はぁ」
「赤い電車は好き?」
いきなり、話のスジを変えられたので面食らった。
「赤い電車ですか?」
「ほら、そこにたくさん走っているでしょ」
そういえば・・ここに来るときに乗った電車も真っ赤だった。

真っ赤な名鉄の色合いがとても好きなの、ちょうど、わたしが生まれた年に「パノラマカー」ができたの。だから、真っ赤はわたしの色、その中でパノラマカーが一番好き・・
彼女は酒の酔いでか頬を赤く染めながら話してくれる。
赤い電車が紅い彼女の色彩と相まって、僕の視界も赤くなっていくような気がする。
彼女の紅いワンピースから露出している白い肌が赤みを帯びてくる。
だが、ドラゴンズのチームカラーは真っ赤ではなく、青ではなかったか‥
ふっとそういう疑問が沸き上がったけれど、ずっとしゃべりつ続ける彼女を見ていてそのことは言い出せなかった。
酔いが回り、そろそろ宿へ帰らねば明日の仕事に差し支える。

店を出ると彼女もついてきた。
「どこに泊まっているの?」
「そこのビジネスホテル・・」
「部屋が空いていたらわたしも泊まろうかな」
えっ・・僕は後ろからついてくる彼女を見つめた。
「あら、嫌なの?」
「嫌ではないけど、あなたも家に帰らないと・・」
「どうせ一人暮らし、どのようにもでもなるのよ」
達観しているかのようにつぶやく彼女のほうから、女の香りのようなものが飛んでくる気がする。
もしかして僕は今から未だ知ることがなかった「女」を知ることができるのだろうか。

歩いている二人の横の線路を名鉄の電車が突っ走る。
夜の闇でも真っ赤な電車は紅い。

踏切が鳴り、また電車が突っ走ってくる。
「パノラマカー!」
彼女が嬉しそうに叫ぶ。
大きな展望窓から室内灯の明かりをまき散らし、轟音とともに電車が走っていく。
「女性で電車が好きって、珍しいですよね」
「電車が好きなのじゃないの、パノラマカーが好きなの」

また踏切が鳴り、反対方向への電車が通る。
「またパノラマカーだ・・」僕の驚いた声に彼女はこう教えてくれる。
「たくさん走っているわよ、わが世の春、十分に一回くらい走ってる・・」

******

粗末なビジネスホテルの、足元灯だけが鈍く光る部屋。
大きく身体をのけぞらせ、彼女は喘ぐ。
僕はその喘ぎの大きさに戸惑いながら、女とはこういうものかと、自分の非力を思い知りながら、それでも精いっぱい攻めていく。
喘ぐ声の大きさに、隣室の人に聞こえやしないかとか・・明日の朝、仕事に間に合うように起きられるかとか、そんなことばかり頭の中に浮かび上がっては消えていく。

わずかの明かりに照らされた彼女の身体は、ほの赤く染まり、息遣いは一定のリズムを持ち、攻めているであろうはずの僕を逆に攻め落としにかかるようだ。
汗と体液の甘い香りが部屋に充満し、暗い部屋の中が僕たち二人の巨大な宇宙に思えてくる。

「はぁ、はぁ、はぁ、」
一定のリズムの声が僕をさらに掻き立たせるが、「もっと、もっと・・」の切ない願いにも似た叫びはますます自分の非力さを思い知らされる。

そして自分のすべてを出し切ってしまった僕は、彼女と抱き合ったまま、眠りに落ちたようだ。

気が付けばカーテンの隙間から朝の光が漏れている。
「あ・・起きねば・・」
僕は立ち上がりカーテンを少し広げた。
自分が下着もつけていない裸身なのが昨夜の出来事を思い起こさせる。
夏至過ぎの夜明けの光が差し込んでくる。

眠っているかと思った彼女が目を瞑ったまま「まだ大丈夫、今は夏至の後だから夜明けが早いの、まだ五時過ぎよ」と呟く。
彼女は肩のところまで布団をかぶり、気持ちよさそうに目を瞑って寛いでいるようだ。
「おはようございます」
「あら、よそよそしいのね・・おはよ」
片手で布団を胸のあたりに持ったまま、彼女はゆっくりと起き上がり、髪をもう片方の手で軽く整える。
朝の柔らかい光の中で、布団を胸のあたりの持った彼女は美しい。

「見せてほしい」
僕の口から自分でも意外な言葉が出た。
「なにを?」
「むね・・」
「恥ずかしい」
「昨夜は暗くてよく見えなかった・・」
彼女は頬を少し赤らめ、そっと布団を抑えている手を放す。
白い、形の良い胸のふくらみ。
思わず僕はそれを撫でる・・「あ・・」
僕たちはまた、二人の肌を合わせた。
白い乳房が僕の手によって柔らかくひしゃげ、彼女の息が荒くなる…

*****

七時すぎになってようやく僕らは起きだし、服装を整える。
「仕事はどこまで行くの?」
彼女が昨夜からのことを吹っ切るかのような素っ気なさで尋ねてきた。
「うん、名古屋の南のほう、名鉄でここから三十分ほど」
「わたしも仕事場は名古屋市内だから・・一緒に行く?」
「うん」

二人して小さな駅に入り朝の通勤の人たちが電車を待つ集団に加わる。
警笛というのではない、音楽の旋律のような音がした。
真っ赤なパノラマカーが目の前を轟音とともに通過していく。
そしてすぐに反対方向へのパノラマカーも通過する。

「かっこいいでしょ」
彼女が嬉しそうに言う。
「真っ赤ってすごく名古屋的だわ」
愛おしいものを追うように彼女の瞳は去っていった電車の方向を見つめている。

そしてしばらくすると、また音楽のような警笛を鳴らし、パノラマカーがやってきた。
今度の電車は真っ赤ではあるが白い帯を巻いていた。
通過する紅い車体の真ん中に描かれた白い帯が僕の目を引く。
「あれ、最近、特急専用になったパノラマ、あの白い帯もいいよね」
「特急って専用車両なの?」
「最近ね・・だから、わたしも白いベルトを買いたいなって思うのよ」
なるほど、いま彼女が着ている真っ赤なワンピースに白いアクセントはいいだろうし、プロポーションの良い彼女の腰のあたりを引き締めてやれば、それだけで今の倍くらいの魅力ができるだろうな、などと考えていた。

数分後にやってきた準急電車は色こそ赤だったが、パノラマカーとは比べるべくもない古い電車だった。
冷房もなく、窓を開け放している。
古い電車のモーターの音が車内に入り込む。
満員の乗客はみな汗をかく。
「パノラマカーとえらい違いだね」
僕が思わず口にすると彼女は諦めたように溜息をつきながら言う。
「名鉄は特急が中心だから通勤電車は後回しなんだわ」
「しかし、いくら何でも大手だろうに・・」
僕もため息をつきながら、ぐるぐる首を振る天井の扇風機を眺めた。
「あら、扇風機があるだけ、この電車はマシやわ」
「はぁ・・・」
暑い古い電車は途中で真っ赤なパノラマカーに抜かれ、それからいくつかの駅を通過して名古屋の地下に入っていった。
地下に入ると古い電車の騒音は窓を開け放していることでさらに増幅され、話などできなくなってしまう。

彼女とはその夜にも、あの店で会う約束をして僕は一日の仕事をする。
今度の名古屋での仕事はいわば、これからお付き合いができるかどうかという初めての取引先で、緊張しながらの作業であるはずだが、彼女と出会ったことで僕の心に少し余裕が生まれていた。
「これから長いお付き合いになるね」
一日の作業を終えて、担当のエライサンに挨拶に行くとそういわれた。
これから名古屋に来ることが増える・・そう思うと僕は嬉しく、そしてそれは彼女に会いに来られるという単純な思いだった。

そしてその夜も、彼女はあの店にやってきた。
「今日も勝った!」
「大洋なんて竜の餌よ!」
すでに数人の居合わせた客の中で出来上がっているらしい彼女は、僕の顔を見るなり大げさに手を振ってそう叫び、笑った。

「彼氏かいな?」
彼女と野球談議に夢中になっていたらしい年配の男性がそう揶揄う。
「うん、ゆうべ、彼氏になったの」
「あんたはホンマに、よーやるわ」
「今度は逃がしたらアカンでな」
「男前やのう」
仲間らしい人たちが一度にいろんなことを言って笑う。
僕もその人たちの輪に加えさせられたが、残念ながら僕は野球はほとんどわからない。
中日ドラゴンズの選手といえば田尾と宇野くらいしか知らず、それもただ、テレビニュースによく出てくるからというだけだった。

わからないといえば、彼女が夢中になっている名鉄のパノラマカーも僕にはほとんど興味がなかった。
ただ、こちらのほうは少し野球よりは親近感が湧き始めていた。

店を出て自分のホテルへ向かう道中、彼女もついてきた。
「今夜も泊まるの?」
彼女は首を振った。
「いくらビジネスホテルでも毎夜はエライ・・高うつく」
「じゃ、自宅に帰るんだ…」
一瞬間をおいて、彼女が僕を見つめた。
「ここにいつまでおるん?」
「たぶん、明日の仕事が終わったら大阪へ帰る」
「ね、それまで、うちへ来ん?」
「でも、会社の経費で泊っているから・・ホテルに泊まらないと問題がありそうで」
「そっかぁ・・」
「そうだ、今夜、もう一泊、あのホテルで泊まろうよ、宿代は僕が持つから・・明日の夜は君のところへ泊る、そして明後日は休みだからどこかへ行こう」
「ええの?」
「うん、そうしてくれたら嬉しい・・」

結局、僕らはその通りに、その夜も昨夜よりもっと激しく抱き合った。
翌日は仕事をすべて予定通りに終え、満足な達成感をもってあの居酒屋へ行き、その日もドラゴンズが勝ったようで大騒ぎしている彼女の仲間たちとの中に無理やり入れられ、そしてその賑やかな食事は済むと、約束通り彼女のアパートに入れてもらった。
小洒落たハイツの二階、いかにも女性らしい可愛い部屋の机の上に赤いパノラマカーの模型、壁には野球選手何人かのポスターが貼られていて、それが誰なのか僕にはわからない。

******

彼女に言われるままに、さんざんに彼女を舐め尽くした。
柔らかな白い肌は、豆電球の下で赤く染まる。
荒い息を繰り返し、もっと、もっとと僕に要求してくる。
必死に置いてけぼりにされぬように、立ち向かう僕はやはり自分の力の限界を知る。

身体中から自分の精気というものを放出してしまった僕は力尽きて彼女の横にて動かぬ体を横たえるしかない。
「ねぇ、上手になったね」
呼吸の荒さがまだ残り、それでも満たされたような表情の彼女が僕の顔を覗き込む。
「そうなんか・・」
上手かどうかは僕にはわからず、それでもこの三日間のうちでは最大の力を出し切ったはずだ。
「もうちょっとだけ・・」
僕は女性がこんなにも性欲を持て余していることを初めて知った。
そして、それはいわば男にとっては強烈な試練であることも。

*****

「あの・・」
僕は思い始めていたことを彼女に聞く気になった。
「なぁに・・」
僕の胸のところで頭をうずめている彼女は小さな声で返事をする。
「僕と結婚してください」
しばらく沈黙が続いた。
そして出た言葉だ。
「ごめんなさい、無理なの、特定の人だけのものになるの・・」


あれから三十年近く、僕は彼女のことを忘れたことは一日たりともないと断言できる。
だが、僕はやはり世間一般の男の常識の中で生きていた。
彼女からは少しずつ疎遠になり、名古屋の仕事が、ある程度から先の進展がなくなってからは、名古屋へ行くことも減った。
二年ほどして、やはり彼女のあの風貌が忘れえず、名古屋へ出かけたけれども、その時の彼女は僕とお茶を飲んだだけで、まともに話には乗ってこなかった。
そして走り始めたパノラマスーパーなる、赤よりもクリームの色彩の多い電車を彼女と駅で見た時、彼女は言った。
「わたしの時代が終わるの」
そのあとに普通電車にパノラマカーが使われてやってきた。

やがて僕は会社の上司の勧めで、取引先の専務のお嬢さんと結婚した。
妻になった女性は彼女にも負けないほど美しく、僕は妻を十分に愛しているのだが、それでも時によっては妻を飛び越えて彼女が僕の頭の中に現れるときもある。
やがて、僕は娘を得た。

いまなら、彼女の気持ちがわかる。
僕は彼女の何人かいるであろう男友達の一人になって、彼女が気まぐれで誘ってくれれば、喜んで出かけていく・・
そんな関係が僕と彼女には幸福だったのではということを‥
僕には彼女の情報をどうしても得ることができず、会うことは夢か幻かと思っていたものだ。

二十一世紀になってしばらくして、名鉄からあの「パノラマカー」が引退したことを新聞で知った。
それこそ全国から鉄道ファンが押し寄せたらしい。

そのころまだ、僕は彼女の面影をあの真っ赤な列車に求めていた。
パノラマカーの引退は僕と彼女の縁が切れたことを僕に突き付けられたような気がしたものだ。
だが、いつの間にか、彼女との連絡が取れない状態になっていた。
連絡が取れなくても、彼女が僕の最初の女性だったことは間違いのない事実であり、僕にとって最初にまともに惚れた相手であることも消えることがなく、それゆえ、僕の脳裏から彼女の面影が消えることもなかったが、自分の娘は成長していった。
いつしか、自分の娘もよい人を見つけて結婚し、その少し後に妻が思いもせぬ病で先に逝った
僕はまた一人になったが、会社では定年を超えて嘱託として使ってもらえ、食うのには困らない。

今年、ひょんなことから名古屋へ行く仕事ができた。
懐かしいあの町のどこかに彼女がいるかもしれないとは思ったが、彼女に会えるとは夢にも思えない。

だが、昼までの仕事を終えてから、やはり自分の意志の向くままにあの名鉄駅に降りた僕は、町のあまりの変わりように言葉を失った。
あの、居酒屋もビジネスホテルも、そして彼女のいたハイツも、どこにも面影を見出すことができなかった。
そして名鉄の線路を走るのは赤い色に塗られたごく普通の通勤電車や、いや、もはや色合いすら赤ではなくなった銀色の車両、そして特急ですらクリーム色の面積が幅を利かせる車両ばかりになっていたことも僕の心の中のイメージを覆すには十分だった。
僕は疲れた。

駅近くの暇そうなコンビニに入って飲み物を求めた。
店は閑散としていて、店員は手持ち無沙汰に見えた。
レジでの支払いの時に店員に聞いてみた。
「そこの名鉄電車の、パノラマカーっていうのは、もう、どこでも見ることができないのでしょうか」
店員はちょっと考えてから意外なことを言った。
「競馬場の奥のほうに、電車が置かれていて、中を見ることもできますよ」

そう聞くと、もうそこに行かねばならなくなる。
その足で名鉄電車に乗り、競馬場を訪れた。
駅から歩いて十五分はかかっただろうか。

競馬場ではその日はレースはなく、場外馬券だけが発売されていた。
レースのある日のような喧騒は今はないのだろう、それでも、警備員が囲む道を僕はゆっくり歩く。
窓口のかわいいお嬢さんに教えられたとおり、さらに広大な競馬場を奥に進むと、まさにその電車があった。
三両編成に組まれた電車は、家族連れのための公園の、芝生の向こうに鎮座している。

芝生広場では幾組かの家族がそこで休日を楽しんでいた。
子供たちが電車の周りを走り回り、真っ赤な電車が屈託なくそれを見ているように見える。

車内を見ると座席もきちんと残してあって、あの頃のパノラマカーそのものだ。
座席に座ると、彼女と出会ったあの頃を思い出さずにはいられない。
「会えたなぁ‥やっぱり久々の紅いパノラマはいいな・・」何気なく独り言が出る。
「だけど、僕が会いたいのは君を大好きだった彼女なんや」パノラマカーに語り掛けるが、電車は何も言わない。
「彼女に会いたいなぁ」
すでに、線路は名鉄と繋がっておはおらず、この電車はいわばパノラマの生き残りの仙人のような存在だ。

三~四歳の数人の子供たちが僕の座っている座席の周りを駆け巡る。
「こら、ほかの方にご迷惑でしょ・・」
女性が子供たちを叱る声がする。
懐かしい声だ、
忘れるはずなんてない声だ。
聴いた途端、涙があふれる。

驚いて振り返った。
座席の間の通路で中年の女性が僕のほうを見て「ごめんなさい、煩かったでしょ」という。
赤いジャケットにクリームのブラウス、紅いスカート、そして赤いカチューシャ、紅いメガネフレーム。
ああ、まさしく・・
女性の着ているものはワンピースでこそないが、間違いがない。
僕は涙を抑えられない。
女性は僕を見てちょっと驚いて、そして深々とお辞儀をした。
「今日、パノラマカーに誘われてここに来ました。お変わりありませんか」
お変わりはあるよ‥それもたくさん・・
そう言おうとしている僕は、声が詰まって出てこない。
「会いたかった」やっと、絞り出すようにそう言った。
少しふっくらとして、それでもあの頃の色香を残す彼女は、ゆっくりと僕の手を取った。
「わたしの孫たちです」そういうと彼女もまた涙を拭おうともせず、僕を見つめる。
「僕は昨年、妻を亡くしました」彼女にそう言うと彼女も言った。
「わたしも・・」

僕たちは競馬場の遊園地に置かれている、真っ赤なパノラマカーの中でお互いを見つめあったまま、動けなくなっていた。

汽車の女

C5644かわねじ号イメージ


「汽車が好きなの」と、その彼女は言った。
真夏なのに黒のワンピースを着た長い黒髪の女だ。
彼女とは、つい先ほど出会ったばかりだ。

真夏の太陽を浴びて山間の鉄橋を、黒い蒸気機関車が茶色の客車を率いて突っ切っていく。
列車が来るまでは聞こえていた川の水音や鳥のさえずり、セミの鳴き声は消え失せ、小型の機関車ゆえのささやかさだがそれでも蒸気機関車特有のドラフトを響かせ、列車は橋桁からあの重い金属音を湧き立たせながら通過していく。
機関車が去ったあとは何両も繋がった茶色い客車の、規則正しいレールジョイントの音が山間にこだまする。
堤防脇で三脚を立て、大仰な大口径レンズをデジタル一眼レフに装着した僕が、前を横切る観光用のSL列車のドラフトを聴きながら夢中でシャッターを切り、そして静寂が戻った夏の河原の風景を眺めた時、自分のすぐ傍、10メートルほどのところに立っている彼女に気が付いた。

彼女は首から大きなニコン製のデジタル一眼レフをぶら下げていた。
黒いワンピースの上の胸のふくらみのやや下あたりで、巨大なカメラが存在感を見せつける。
昨今では鉄道好きな女性が増え、その人たちを「鉄子」さんと呼んでいるが、ほとんどの場合、鉄子さんたちは列車そのものより旅の風景としての鉄道、旅のアイテムとしての鉄道を好むように感じていた。

僕は彼女に近寄り、話しかけた。
「あなたもSLがお好きなんですね」
彼女は夏の炎天に巨大なカメラをぶら下げているというのに汗も掻いているようには見えず、頭の上からの直射日光を浴びながらも笑顔を見せる。
セミロングの黒髪がかえって涼しげに見える。

「私、蒸機が大好きなんですよ」
SLという言葉で表現せずに、蒸機と言った彼女に僕は一瞬たじろいだ。
なぜならSLを蒸機と言うのは、ふつうは僕なんかよりずっと年配の鉄道ファンだからだ。

「今日はC56(シゴロク)にオハ35(サンゴ)でしたね。好きな組み合わせですが、ここはやはり架線があるのが今一つなんです・・それと蒸機はもう少し大きめな・・でも、D51(デコイチ)では大きすぎて、この風景だとC57(シゴナナ)あたりがいいですけどね」
次に彼女の口から出た言葉は、僕をさらに驚かせた。
とても昨今流行りの「鉄子」さんが俄仕込みで喋っていることとは思えない。
「お若いのに、とても詳しいんですね」思わず僕の口から出た言葉がこれだ。
彼女はふっと僕のほうを見て、不思議そうに小首をかしげる。
「あら、特に詳しいというほどのことはないと思います」
「そう・・そうですね・・」
僕は圧倒され、そのことについてそれ以上は言えなくなってしまった。
このあと、少し歩いた始発駅から、先ほどの列車の折り返しに乗車するのが僕の予定で、僕は三脚を片付け始めた。
「あら、この後の列車、緑のズームカーですよ。これも撮らないと」
彼女が僕の背に話しかける。
「いや・・上りのSL列車に乗るので・・」
「十分、乗れますよ。緑の中を薄緑の電車が走るのもいいと思いますけど」
「は・・はぁ・・」
「私も、上りの蒸機列車の切符を買っていますからよろしかったらご一緒にいかがですか」
美女にそう言われて悪い気はしない。
でも、僕はもう、十分、彼女に圧倒されてしまっている。
やがて、先ほどのSL列車が向かった方向から薄緑に濃緑の帯を締めた「ズームカー」がゆっくりとやってきた。
元は関西の私鉄で特急や急行として使った電車で、確かに鉄道ファンの中にはこの電車だけを見に来る人もいる。
僕と彼女は並んでこの電車を撮影したが、電車が鉄橋を渡るとき彼女は小さくつぶやいた。
「やっぱりここのシチュエーションではこの電車が似合うわね‥」

電車が去ってしまったあと、僕は彼女と並んで駅への道を歩いた。
これは自然の成り行きだ。
「電車もお好きなんですね」
「あの電車は、私の父が好きだった電車なんです。うちはあの電車の沿線で・・」
「そうなんですね・・とても普通の鉄子さんよりはお詳しいのでびっくりしました」
「そうかなぁ・・たぶん、父の教育ゆえですね・・」
そう言って彼女は明るく笑う。

いくら山の中でもさすがに真夏、駅までの1キロほどを歩くだけで僕は大汗を掻く。
けれど、並んで歩いている彼女は涼しげで、気持ちよさそうに山々の風景を楽しんでいるようだ。
「暑くないですか?」
「わたしは暑さには強いので‥」
淡々と彼女は山々を眺めながら答える。
駅に着くと、先ほどのSL列車が機関車の位置を前後に換え終わって列車が組成されていた。

ホームを歩きながら、彼女と僕のチケットに指定された号車・席番が異なることで、ちょうど通りがかりの車掌に尋ねてみた。
「いいですよ、座席はワンボックスごとに発売していますからお連れさんがなければお一人でワンボックスになっています。ですので、お二人でそのボックスに座られても全然、大丈夫ですよ」
愛想よく、車掌が答えてくれた。
僕と彼女はどちらのチケットの座席でもいいわけだ。

一両の古めかしい茶色の客車の中で、向かい合って僕らは座った。
彼女は嬉しそうに客車のあちらこちらの方向を眺め、ごついカメラのレンズを向ける。
「懐かしいなぁ‥オハ35(サンゴ)のこの雰囲気・・」
彼女の言葉に、僕はちょっと気になり、軽い気持ちで訊いた。
「オハ35が実際に営業列車として走っていた時代をご存じなんですか?」
彼女は天井のたぶん、照明器具にカメラを向けながら「昭和50年頃までかなぁ‥オハ35はその頃では割と多かった客車で‥」と呟く。
「え・・」
「よく乗りましたよ・・山陰本線とか・・・」
そのあとにさらに呟く。
「最初はシゴナナ、それがディーゼルになったときは悲しかったですね」
彼女は天井の次は窓周りにカメラを向け、ちょっ悪戯っぽく笑った。

僕は目の前の若い女性が、何かとんでもない怪物なのではと・・思い始めていた。

「女性にこういうことをお伺いするのは失礼ですけど・・お歳はおいくつ・・?」
一瞬、彼女の動きが止まった。
そして僕を見つめた。

しばしの沈黙の後、彼女はため息をついた。
「わたし、何か変なこと言いませんでしたか‥」
「いや、この客車が山陰本線で走っていた時代をご存じとか仰るものですから・・」
「ああ・・また・・」
「?」
「わたしは平成の生まれです。知っているはずないですよね」
「それはそうでしょうが・・失礼なこと、お伺いしました」
「ときどき、わたしの中の別の人格がでてしまう・・」
「別の人格ですか?」
「その人格のおかげか、どこで知ったかも記憶にない知識が飛び出してしまうんです」

車内放送があり、汽笛が鳴る。
ほかの乗客たちが嬉しそうにざわめく。

「さっきの・・いや、最初にお会いした時の蒸機という言葉や、シゴロクとかオハサンゴ・・」
僕が確かめるように彼女に聞いた途端、彼女はまた大きなため息をついた。

列車は先ほど僕たちがいた鉄橋を渡り、カーブの多い山間の路線をゆっくり進む。
「もうね・・わたしにはどの知識が私自身が得た知識で、どの知識が別の人格からもたらされたものなのか・・見当もつかなくなっているんです」
夏の大河の河原を見ながら、彼女は屈託のない表情になる。
開け放した窓から、さすがに都会では味わえない涼しい空気が流れ込んでくる。

「もしかしたら、その別の人格というのは‥お父様ですか?」
窓框に肘を置き、汽車の旅を楽しむ雰囲気そのままに、彼女は小さく頷いた。

「汽車が好きな人でね・・家族なんてほったらかし・・」
「でも、あなたも案外、鉄道がお好きだったのでは」
「そう、うちには弟もあるけど、なぜだか私だけが父の影響を受けて鉄道好きになったの」
「で・・今でも?」
「汽車が好き」

フフッと彼女は含み笑いをした。
「ビール、さっき買っておいたの」
手に持った買い物袋から取り出した缶ビールを二本、窓下のテーブルにおいてくれた。
先ほどの始発駅で、そういえばちょっと彼女と僕が離れた一瞬があった‥あの時に買ったものだろうか。
「どうぞ」
二人して缶ビールのプルタブを開け、缶を合わせて乾杯する。
「父は、わたしが二十歳の時に、撮影旅行に行く準備をしていて倒れてそのまま亡くなったのです」
「それは悔しかったでしょうね」
「どうかな・・いつも旅行に出かけるその前が一番楽しいって言ってましたから・・」
「あ、それは僕もわかります。時刻表を見たり、カメラを用意したりしているときってすごく楽しい」
「でしょう・・だから、案外、一番楽しい時に楽しいまま逝ったのではないかなぁ‥」
「でも、やっぱりその先の撮影ポイントにはいきたかったはずですよ」
うんうんと頷く彼女。
袋から新しい缶ビールを手に、「もう一本、飲みます?」と僕に聞いてくれた。


「父は列車に乗ってお酒を飲むのが好きでね・・時々、わたしを撮影旅行に連れて行ってくれて、その時によく呑んでいた・・」
「楽しそうですね」
「でも、母は、ひとっつも家族旅行に行かせてくれない父に腹を立てていたわね‥わたしだけ、鉄道好きの気持ちがわかるから、父によく連れて行ってもらったけど」

黒いワンピースの彼女は屈託なく窓の外を見る。
白い肌にセミロングの髪、軟らかそうに盛り上がる胸の膨らみ。
その風貌に似合わない巨大なニコンのデジタル一眼レフが膝の上にあり、窓框に肘を乗せたその手には缶ビール。
不思議な組み合わせの向かいの席の彼女に、僕は得難い出会いをしたかのような気持ちになる。

トンネルに入る。
冷気が飛び込んでくる。
来るときは冷房付きの電車だったから、このトンネルの冷気は初めて気が付いた。
「トンネル、涼しいね‥」
僕が思わずそういうと、彼女は「昔と違って石炭がいいから、トンネルでも窓を閉めずによくなったの」という。
「それはお父さんの知識?」
「いいえ、来るときに車掌さんから聞きました」
彼女はそう言って笑った。
白熱灯照明に照らされた白い顔が美しい。

長いトンネルだ。
「きみ・・」
彼女が僕のほうを向く。
「君は独りものかい?」
姿勢を正して、彼女の口から男性のような言葉が出る。
「はい」
僕は一瞬で撃ち止められた鳥のように素直に小さくなる。
「相手はあるのかい」
「いいえ、鉄道と結婚すると周りも自分も思っていました」
「そうか、では娘を頼むよ、君とならうまくやっていけそうだ」
「はい」
思わず僕がそう答えると、彼女はクスリと笑う。
「今の言葉はわたしの父ですか?」
列車がトンネルを抜け、セミの鳴き声が列車を囲む。
「さぁ、それは僕にはわからないけど、どっちでもいい」
僕の答えに彼女は缶ビールを一気に飲んで、そして嬉しそうな笑顔をくれた。

機関車が汽笛を鳴らす。

可部線太田川橋梁

可部線105系3ドア白イメージ


空は青く、五月の風が囁く
鶯が鳴き、雲雀が囀る
川の流れる音、遠くで気動車の走る音
ややあって、すぐ近くの鉄橋を走る電車の音がする

電車が遠くへ去り
また川音と鳥の囀りだけの静寂
小さな風の音のようなものが聞こえる
すうぅ、すうぅ、すうぅ

河原で僕の隣で横になっているあなたの寝息だ

すうぅ、すうぅ、すうぅ
疲れているのだろうな

「どっか、静かなところで横になりたいんよ」
あなたのリクエストに応じて
僕が広島駅からわざわざあなたを連れてきたのが
この場所だ

可部線の電車が鉄橋で川を渡るこの場所
鉄道ファンである僕が何度も通って
古めかしい電車をカメラで追ったこの場所だ

電車は新しくなり、鉄道ファンの姿が消えたこの河原で
僕は今、あなたと体を横たえて午後のひと時を過ごしている

深夜勤だったと言った
それが明け方のお産で病院を出るのが遅くなり
寝る暇なく待ち合わせの広島駅に現れたあなたの目は
赤く充血していた

「映画でも行こうか」
「だめ、寝てまうわ」
「散歩・・」
「歩けんほどえらいんじゃ」
「じゃ、どうする・・」
「静かな気持ちのええとこで寝る・・」
「寝る・・」
「どっか、静かなところで横になりたいんよ」
それならばと可部線の電車に乗り、ここにやってきたというわけだ

どれほど経ったろうか
可部線電車が鉄橋を渡る音で気がついた
僕も寝入ってしまっていたようだ

あなたを見るとまだ夢の中にいるようで
無防備な寝顔が可愛い

あなたの顔に僕は自分の顔を近づける
白い肌、整った目鼻、細い髪
薄い唇は清楚で
上唇には細い傷跡のようなものがある

もっとあなたの顔に近づこう・・
「キスしたらあかんよ」
いきなり出た言葉に僕は驚くが
あなたは目を開けているとは思えず
だが、口元が笑っている

またそのまま静寂の時間
遠くの芸備線気動車列車の音が
二つの大河が合わさる山の中にこだまする

それでも、目が覚めてしまった僕は
あなたの方に体をむけ
寝ているであろうあなたを見ている
小さな胸の丘が白いブラウスに包まれ
ひとつ余分にはずしたボタンが白い肌を見せ付ける
短いスカートから無防備に伸びた白い足が寛ぐ

「きれいだ」
思わずつぶやく
またいきなりあなたの唇が動く
「襲わんといてね」
フフっと笑ったあなたは、ゆっくりと体を起こす
「ほんまにのう、男っちゅうもんは・・」
あなたは笑いながら僕のほうを見る
「いや、そんなつもりやない・・」
「うそ、今でもウチがじっとしとったら、いきなり乗っかってきたでしょ」
「いやいや・・」
「ま・・ええわ・・」
そういってあなたは立ち上がり、スカートの尻を払う
鉄橋を四角い電車が1両で渡っていく
「ええとこ、知っとるんやね・・おかげでよう寝れたわ」
あなたの目の充血は取れ、いつもの茶色い瞳が戻ってきた

雲雀が囀る
鶯が鳴く
遠くで芸備線気動車列車のエンジンとレールジョイントの音
川の流れの水音

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。