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kou1960

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小説専門のブログです。
小説の形を借りて自分史も入れたりしています。
もとよりアマチュアですし、たいしたものは書けませんが、楽しんでいってくだされば幸いです。FC2 Blog Ranking


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彼方からの女神

夜の女性イメージ

いつものBarに行く
小柄な髪の長い女性が止まり木に腰掛けている

このところ
特に半年前に離婚してから良いことというものがない
今の僕は、相次いで死去した父母が持っていた旧家に一人で住み
会社の中ではまるで阻害されたかのような窓際の仕事をしている

仕事以外にすることはなく
その仕事も誰にでもできる集計作業ばかりで
およそ生きがいというものからは程遠い

そして離婚の数年前から妻に触れたこともなかったが
普段の仕事でも生活でも
異性と接することなどなくなってしまい
時折、猛烈な孤独感を味わうことがあり、それが怖くて
仕事終わりにはよくこの店に来る

いつものBarはマスターが穏やかに接してくれる
落ち着いた大人の店だ
その店にいた女性客は、後ろ姿だがこの店の常連ではなさそうだ

「こんばんは」
一応声をかけて彼女と一つ離れた止まり木に落ち着く

彼女は「おひさしぶりです」という
「以前、お会いしていましたか?」
僕は不審な表情をしていただろう
「とっても懐かしいわよ」
彼女は顔を僕に向けた
とても美しい女性だ
だが、思い出せない
彼女は僕の隣の席に移ってきた

「君が来るのを待っておられたよ」
マスターがおしぼりを渡してくれながら僕に言う
「僕を・・ですか・・」
すると彼女は悪戯っぽい表情でこういう
「あなた、大野純一さんね」

美女に待たれるのは光栄だが
僕には彼女への記憶がなく
なんだか気味が悪い

「失礼ながら、お会いしたことを失念しているようです」
「でしょうね、でも、ワタシにはわかってるから」
僕よりは十歳以上年下に見える彼女はそう言って微笑む

「分かっておられるんですか?」
「うん、ジュンちゃんにはわからないかもね」
自分のことを「ジュンちゃん」などという女性には出会ったことがない
この間まで結婚していた妻もそうは呼ばなかった

彼女は細身のタバコを加え
慣れた仕草で火をつける
「あら、ジュンちゃん、煙草は好きじゃなかったわよね」
「いえいえ、ここは大人のBarですから・・ご自由にどうぞ」

彼女はにこっと微笑む
そういえばどことなく、会ったことがあるようにも思える

小柄な身体に小さな顔
長い睫毛、きれいな鼻筋
顔はやや面長だが
そのすべてがバランスよく収まっていて美しい

「あなたのお名前は・・」
僕はやっと問う
「瑞枝とだけ、覚えていて」
そういって、指でカウンターに漢字を描いた

そういえば聞いたことのある名前ではある

「いつの間にこんな美人と知りあったのやら」
マスターが茶化しながらグラスを置いてくれる
「言われても、本当に記憶にないんですよ」
彼女、瑞枝はきれいな笑顔を向ける

「ジュンちゃんがすごく寂しがっていたから」
「僕が・・ですか?」
「そう、離婚して半年以上、もういろいろ限界だとか・・」
「瑞枝さん、なんでそういうことまで知っておられるんですか?」
「ジュンちゃんのこと、知らないことはないわよ」

彼女はタバコをもう一本咥える
マスターがそっとライターを持っていく

「大変だったよね、でも、奥さんもご自分の道を歩くんだから」
「はぁ」
「ジュンちゃんもそろそろ踏ん切りをつけなくちゃ」

この女性は元妻が僕のためによこしたのだろうか

彼女が呑んでいるのは日本酒のようだ
水割りを入れるグラスに
なみなみと注がれているそれを
彼女はまるで水でも飲むがごとく
くいッと飲み干してしまう

「ああ、美味しいわよね、ホント久しぶり」
「お酒も久しぶりなんですか?」
「そうね、40年ぶりくらいかしら」

それを聞いた瞬間、僕はすぐに返した
「それはあり得ないでしょ」
「どうして?」
「だって、あなた、瑞枝さん、どう見ても三十歳代ですよね」
「あら、女性の年齢を読もうとするの、失礼よ」
「いやいや、あなたが、不思議なことをいうものだから」
すると彼女は軽く微笑んで僕を見つめた
「本当だわよ」
独特の波のようなイントネーションがあった
このイントネーションには覚えがある・・・
だけれど彼女のことは思い出せない

「こうして久しぶりに美味しいお酒を呑むと・・」
「なんなんですか・・」
「この世って素晴らしいわと思えてくるよね」
「なんだか大げさですね」
「そう?ジュンちゃんも・・いずれ思うわよ」

マスターが僕の前にも日本酒を置いた
「こちらの方から・・」
「いや、奢ってもらうような関係では・・」
「いえいえ、どうぞ、久しぶりに会えたから」
彼女は自分のグラスを僕の前に差し出す
誘われて僕はグラスを重ねる

彼女がまた一気に日本酒を飲み干すのを見て
僕もグイっと呑んだ
「うまい」
思わず声が出た
「でしょう・・」
そう言って彼女は軽く笑う

呑んでしまえば、もう要らぬことは考えず
相変わらず僕のことをよく知っていて
そして僕を「ジュンちゃん」と呼ぶ不思議な女と
他愛もない会話を楽しむ

いつもは多くの客で賑わうこのBarだが
この夜は一人も他の客は来ず
僕たちはゆっくりと二人だけの会話を楽しむ

そのあと
彼女が「行こうか」という
何処へ行くのかはもはや決まっているようで
僕は彼女と連れ立って店を出た
店への支払いは彼女がしてくれた
タクシーも彼女が頼んでくれた

たぶん、うんと年下のこの女性が
なんだか、自分にとって目上の人のような
・・不思議な感覚だ

近くのホテルまでタクシーで行き
彼女の後について部屋に入る
もはやかなり酔っている僕には
後先のことはどうでもよかったし、気にしなければならないものは
彼女の素性以外は何もなかった

「ねぇ、ジュンちゃん、寂しいのなら抱きしめていいわよ」
彼女は僕をいざなう
「思い切りここで出しちゃいなさい」
言葉が終わるか終わらないかのうちに
僕は彼女をベッドに押し倒していた

半ば強引だと思ったけれど
彼女はすぐに受け入れてくれる

あらわになった胸を見た瞬間
自分の中の
懐かしい部分が一斉に鳴きだしたような気がする
「そうそう、おもっきりおいで・・」

母に甘える赤子のように
僕は彼女の小さくて形の良い乳房を吸う
からだ中から自分が求めていたものが
喜んで出ていく気がする
これは、オトコとオンナの関係ではなく
母と子の関係なのではないのか・・
一瞬だがそう思う

うんと僕より若いはずの彼女は
僕を上手にリードして
これまで経験したことのないような快楽へと導いてくれる

鈍い明りに
やわらかな肢体が広がる
それはこの世のものとは思えぬほどに美しい

全てが終わると彼女は僕を抱きしめて泣いた
「会いたかった、会いたかったよ、ジュンちゃん」
それが何を意味しているか僕には理解不能なはずだが
僕は素直にその言葉を受け入れる

それはもしかしたら
次元を超えた話なのではないだろうかと
うっすらと、心がつぶやくが
身体中にたまっているものをすべて出し切ったからか
僕はそのまま眠ってしまった

朝が来たようだ
ここはシティホテルでそれゆえか
明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでくる

「起きた?」
彼女が隣にいる
昨夜のことが夢だったのだと
無意識にそう思うことにしていたのだが
現実に彼女が目の前にいる

「もういちど・・」
彼女は僕にさして大きくない乳房を吸わせる
何かが乳首から出てくるわけではないが
身体の中の疲れがすべてそこで癒されて帰ってくるような気がする

激しい抱擁の後
彼女が僕に抱きつき、耳元でささやく
「ね、今回はこれでおしまい・・ごめんね」
そうだろうな・・こんないい事が続くはずがない
「だけど、ジュンちゃんはもうすぐ、今のわたしに出会うんだよ」
「は?」
「その時には、必ず、初めて出会ったと、そう思ってね」
「どういうことですか?」
「今日のわたしと、これから出会うわたしは他人・・」
「ますます分かりませんが・・」
「その時が来たら分かる・・」
「はぁ」
「それから、仏壇の仏様の下の扉を開けてね」
「それって、うちの仏壇です?」
「そう、ジュンちゃんちの仏壇、そこを開けてね」

そのとき、ルームサービスが部屋の呼びボタンを押した

いつの間に頼んだのか、朝食が用意されていた
「カーテンを開けようか」
彼女はそう言い、バスローブの姿で立ち上がってカーテンを開ける

豊かで温かく、美味しい朝食を済ませた後
ふっと彼女はいなくなった
部屋の何処にもいないし、彼女の荷物も部屋にはない

仕事へ行く時間が来たので僕は仕方なくフロントへ行った
「お連れ様は所用があるからと先に帰られました」
フロントマンが慇懃に言う
支払いは終わっていた

その日は仕事をし、夜に自宅へ戻る
両親が亡くなってから滅多に入ることのない仏間に入った

そっと仏壇の扉を開け
内扉も明けて
その下の引き違いの扉を開ける

そこにはいろんな封筒が積み重なっていた

一つずつ、その封筒を開ける
戸籍謄本だとか、家の権利書とかが出てくるのだがそれは想定内だ

一番奥にひときわ古い茶封筒があった
それを開けようとすると、その封筒はぽろぽろと崩れ落ちる
そして中から出てきたのは
古い一万円札紙幣の束が三つ、それも崩れかけているものが出てきた
そして、茶色に変色した紙片が二つ
「ジュンちゃんへ」と書かれていた紙片の文字は優しく強い書体で筆文字だった

もう一つの紙片は崩れかけたモノクロ写真で
そこに写っているのは美しい女性だ
着物姿だがまさに昨夜のあの女性・・
瑞枝だ

そういえば、僕が生まれてすぐに
曾祖母が亡くなったと母に聞いたことがある
「ジュンの大きくなるのをすごく楽しみにしていたんだよ」
母も祖母も確かにそういった

曾祖母は奔放な性格で
一時は満州にわたり結構な財を成したとか
当時としては珍しく恋愛結婚をしたとかいう話を思い出した

ひいばあちゃんが、僕を助けてくれたのか・・・・
僕のなかで昨夜の美しい肢体と曾祖母がゆっくりと繋がっていく

あらためて、先に仏壇から出てきた戸籍謄本を見てみた
それは父の謄本で、父の祖母の名前はまさに瑞枝だ

それから数か月後
僕は偶然にも、あの店で瑞枝に似た女性に出会った
だけど、その女性は僕のことは全くなにも知らず
それでも不思議に意気投合した
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鉄色と貴女

機関車と女性イメージ

さして美人ではないと思うのだけれど
あの頃の貴女には不思議に際立つ背景があった

僕が鉄道ファンだから
そして僕がポートレートカメラマンだったから
必然的に
僕が私的に撮影するポートレートは
鉄道が背景のものが増えてしまうのだけれど
どんな美女を撮影しても
鉄道という
ある意味、無機質なものを背景にした場合
女性が浮いた写真になるか
女性が沈み込んだ写真になるか

あるいは
多少は作品としてまともなものになっても
イメージとしては演歌歌手の
CDジャケットの域を出ないものになってしまうのだが

貴女は違った

堂々とそこに存在する背景に対し
毅然と
背景をコントロールする力を持っているかのように
僕には思えてしまった

だから
僕の貴女へのリクエストは
より鉄道の奥深くへ
さらには鉄道そのものへと移っていくのだけれど
貴女は一度だって
僕の期待を裏切らなかった

元々恵まれたプロポーションの持ち主で
ふっと、僕自身もその時に初めて気づくような
世のオトコを呆けさせるような色気すら感じることがあり

そして冒頭に
さして美人ではない・・などと書いたのが
悔やまれるほどの美しさを垣間見せることもあった

貴女は僕が出会った女性としては
多分にピカ一の美しさを持つ人だったのだろう

それを貴女自身が意識などしていないとしても

鉄道の世界は
鮮やかな色彩が人目に付く部分よりも
錆色が目立つ線路や機器のある部分のほうが
はるかに多いのは
これは鉄道を被写体とする鉄道ファン
昨今では撮り鉄と呼ばれる人たちにとっては
当たり前のことかもしれない

錆色であるがゆえ
女性の好む鮮やかな花などの
あの美しさとは全く異質であり
そこに似合う女性というものは
実はそんなに存在しないのではないかと思う

でも、あなたは錆色の中で
しっかり
自分の美しさを開花させてくれた

いちど、もしかしたらと
貴女を神戸港の倉庫街に連れて行ったことがあった

もちろん、鉄道の世界よりはるかに大きな港湾の世界
錆色の中で貴女はしっかりと美しかった

残念ながら
僕はいまだに
貴女ほどの、錆色の似合う女性を見いだせていない

あの
貴女を撮影し続けた
わずか数年は
僕という男にとって
至福の季節だったのかもしれぬと
今更ながらに思い返しては悔いる

そしてそれは
至極の宝石が手が届くところにありながら
手を届かせることのなかった自分への悔いかもしれない

つまりは僕が老いというものに向き合わなければならなくなった
今だからこそということだろうか

山陽電車二題

*ダイヤ改正*
1108月見山山陽3615

深夜の三宮からの電車
冷たい照明の車内に僕は君と並んで座る

ロングシートの乗客はまばらで
僅かな乗客は誰もみな
一日の疲れに倦んだような表情を見せ
押し黙る

「次は東須磨、東須磨」
車内放送での車掌の声も心なしか投げやりだ

「うん?東須磨なんて停まったかな」
君は僕の肩から体を起こし不思議そうな表情を見せる
「そういえば、今日からダイヤ改正で停車するようになったんじゃ・・」
「そっか、ダイヤ改正か」
そう呟くと、君はまた僕の肩に頭を乗せる

電車のダイヤが変わろうが何だろうが
僕は、今日もまたこの電車に乗って君と家に帰る
二人で住む垂水の丘の上だ

トンネルを抜けた電車は
昨日まではかなり加速して通過した駅に
ゆっくり進入して停車する

また君は僕の肩から頭を離し
「停まるの、なんかへんやね」という
電車が駅に停車して
何人かの乗客が降りていく
「あの人たちはこの電車が停まって便利になったんだろうね」
すると君は僕のほうを一瞬見た
「他の人が便利になってもアタシがメンドクサイ」
すぐにまた僕の肩に頭を乗せて
寝息を立てる

もし、できるなら
東須磨一個の停車だけではなく
全部停まってついでに大回りしてくれないか
この電車

エス特急だって??
何のエスだよ・・
スケベのエスか、空ているエスか
それとも、スペシャルのエスか・・

どうでも良いから
この電車に乗っている時間を
せめて明日の朝まで伸ばしてくれないか
電鉄会社殿・・

だが、僕の願いもむなしく
電車は坂を登る

いつまでもこうしていたい
僕の左肩に乗った小さな頭の感触を
楽しめる時間は
海辺の松林(のはずの真っ暗な森)を抜け
漁火が見えるはずなのに自分たちの顔が
向かいの窓に映るだけの深夜の電車が走っているときだけ

この坂を登ると終わってしまう
僕のささやかな楽しみ

すうぅすうぅ
君は僕の左肩で寝ている
あと数十秒の
僕の楽しみ



*大蔵谷駅*
0111大蔵谷駅夜景モノクロ


ここ、どんな意味があるゆうねんよ
わたし一人、ずっと待たせて

短い冬の日は暮れて
簡素な木のベンチに腰かけていると
スラックスの薄い布を通り抜けて
冷たさがしみ込んでくるんよ

後ろをJRの列車が走り抜ける
前を山陽の電車が轟音とともにかけていく

電車が通らない間は
駅の前の国道を走る車の音

たまに
お客のあまり乗っていない普通電車がやってきて
何人かのお客をおろしてまた出ていく
降りたお客は
私のことなんか気にも留めずに
さっさと駅の陸橋を超えていく

ね、あなた、どうして私にここで待てと
ゆうたんよ

ラインで呼びかけても既読にもなんない
メッセンジャーもショートメールも
早く来て、寒いの・・
って書いたのに

普通電車が来るたびに
明るい車内から
あなたがペコペコ謝りながら
降りてくるはずだと思ってるのに

座っていてもお尻が冷たくなるだけで
仕方ないからちょっと立って
ホームの柵際に立ってJRの線路を眺めてみた

今日は満月か
きれいやんね、大きくて真ん丸で
このお月さんが見えただけでも
儲けもん・・かな?

彼女をこんな寂しいとこで待たせたアイツ
何考えてんのやろ

強い光を先走らせて
JRの電車が突っ走っていく

そのすぐあと、
向かいのホームに普通電車が入ってきて
あたりに明かりをまき散らした後
すぐに発車していく

「待ち人来たらず」で帰ろうか
次の上り普通で・・
そう思った時

向かいの改札口で手を振る姿が見えた
あいつだ・・
改札を抜けて走ってくる

もう帰るんやから
そない、決めたんやから

そう私は自分に言い聞かせ
陸橋の降り口を見ていた

「ごめん、ごめん」
叫びながらアイツが降りてくる
「仕事でトラブって、そのまま会社のクルマでそこまで来てん」
謝りながら可愛い笑顔
許してやらないんだから

そう思うと涙が出てきた
「ごめんごめん」
強い光が私たちを包む

JRの快速電車が真横を通過する
私は彼の腕に抱きとめられていた


神戸市電イメージ

「ねぇ、どこまで歩くん?」
ルミ子が訊く
理髪店の白衣を着たまま、早仕舞いとしてもらっていた
「知らんがな」
ミツオは笑いながらワザとぶっきらぼうに答える
こちらは、さっさと着替えて、ズボンとポロシャツのラフな格好をしている

さっき、湊川のトンネルを西に向かって出たところだ。

「知らんと歩いとん?」
「歩くん、楽しいやろが」
「しんどいばっかしやわ」
「ほな、電車乗るか」

ちょうど二人の真横を緑色の市電1番が通り過ぎた
ウオーンとモータが唸る
「電車賃13円、もっとるか」
ミツオが訊く
「そんなん、店をそのまま出てきたんやから、財布もないわ」
「ほな、歩くしかないな」
「そやけど、歩いてどこまで行くん」
「どっこも行かへんで」
「ほな、何であるくん」
「そやな・・なんか、目的が必要やな、女性としては」
「女やのうても、歩くには目的が必要やわ」
「ほうか、ほんなもんなんか」
「そらそやわ、あんたは何考えとるんかわからへん」
ルミ子は拗ねて見せた
ミツオが笑う

今度は反対方向から2番の看板を付けた市電がやってきた
ウオ~ン・・・電車はゆっくり加速していく

「そやな・・」
「うんうん、どっか、目的地決めたか?」
「長田の交差点に行ったら山陽電車と市電が交叉するさかい」
「そやな」
「そこで山陽電車の真ん丸っこい電車が来たら帰ろうか」
「真ん丸っこい?」
「そや、角ばったのとか、でっかいのとかはアカンねん」
「ほな、真ん丸っこいのがきいひんかったらどないするん」
「待っとくねん」

真面目な顔をしてそう答えたミツオを見てルミ子は吹き出した。
「ほんま、子どもみたいな人や」
ミツオはしばらく宙を仰いでから
「そんな男がええんやろが、きみは」
「ええとは思わんけど・・」
「ほななんで、ついてきたん?」
「昨日助けてくれたさかい」
「あのまんまほっといたら、きみは連中の餌食になっとるぞ」
「ほんま、助けてもろて嬉しかった」
「ま、それとこれは別や」
「別なん?」
「今日は、ぼくが歩くのについてくる人を探しとったと」
「なんやそれ」
ルミ子はまた笑った

昨夜、同じ理髪店で住み込みで働く仲間のうち
悪さばかりする3人がルミ子を無理やり自分たちの部屋に連れ込もうとした
ちょうど廊下を歩いていたミツオが驚くほどの勢いで彼らをふっ飛ばしてルミ子をその場から救った
「おまえら、女性とやりたかったら、まずきちんと好いてもらえるよう努力せえよ」
ミツオの捨て台詞だ

市バスも通る
タクシーも通る
バタバタと商売人のオート三輪も通る
チャリンコもスクーターも通る
ただっぴろい幹線道路である上沢通だ

「ちょっと待ってや」
ミツオはルミ子にそう言って道端のタバコ屋に立ち寄る
「あんた、おカネ、持ってへんのんちゃうのん」
「いや、ここは何とかなるんや」

そう言いながら、タバコ屋の年配の女性と何やら喋っていた

やがて、ミツオはタバコを咥え、マッチで火をつける

「交渉成立、あそこの息子、こないだ世話したったさかい」
「何の世話?」
「大したことやあらへん」
「ふううん」
「新開地で偉そうに屋台にインネンつけてからに、そこの親分さんを怒らせてもてな」
「ほお・・」
「ちょっと間に入って、親分さんに下がってもろたんや」
「そんなことできるん?」
「ま、ぼくと、呑み仲間やさかいな」
「誰が?」
「親分さんが」

ルミ子は呆れた
ミツオには相手を構わず飲み友達になる癖があったが
まさか親分さんとまで・・
「あんた、その親分さん、怖い人とちゃうのん」
「んん、ま、怒らせたら怖いんやろけど」
「ほな、どないゆうてタバコ屋の息子さんが悪さしたのん、黙ってもろたん」
「いやいや、めっちぇ、ええ人やさかいな、筋を通しただけや」
「どないゆうて」
「呑んで多少気が大きいなっても、将来性のあるええ青年でっさかい、ワシが責任を持ちますんで今回は堪えたってください、そないゆうただけや」
「ほお」
ルミ子にはどうもまだミツオのことが読み切れていない

長田の角を曲がると大きな交差点だ。
そして市電の何倍もの大きさの電車が
市電の何倍もの音を立てて入っていた

グググググウオ~~~
交差点を過ぎて二両連結の大きな電車がゆっくりと加速していく
「あかんなぁ、真ん丸の電車と違うわ」
「あんたは、ほんま、ようわからへん」
ルミ子は苦笑する
この男と添い遂げてもいいかと
そう思った瞬間だった

「あ・・真ん丸っこい電車、きたで!!200形や」
ミツオは子供のようにはしゃいでいる

広島のあなた

広電2507広島駅前

仕事行くけん・・

あなたは手入れができずに広がったソバージュの髪に手をやりながら
達観したような眼をしている

僕は自分にも仕事があり
しかも今日は休めない

うん・・というしかなく
だらしのない格好で下着をつける

「なぁ、もう一度」
昨夜の余韻を未だ諦めきれない僕は
あなたに伺ってみる
「だめ、仕事なんよ」

仕方ないか・・
そう思う僕の目の前でブラを身につけるあなたは
窓からカーテンを通ってくる光の中で神々しくさえある

やわらかな胸のあの先へ
もう一度、しゃぶりつきたいとは思うが
それをここで今一度燃え上がらせることの
危なさは僕も分かっているつもりだ
いや、その前にあなたは
誘いには乗らないだろう・・
仕事に出る時刻が迫っている

******

あなたと泊ることになって
公衆電話で広島市内の思い当たる宿に電話をかけてみた
この日はあいにく、どの宿も満室で
僕は、広島にはあなたと出会う以前から頻繁に
・・それは自分の趣味活動のためだったが・・
出入りしていて、
市内のビジネスホテルなどは熟知しているつもりだったが
いくら電話をかけても断られるばかり
ただ、最後の一軒に断られたとき
「どこか泊まれる宿をご存じありませんか」
と聞いてみた
「たぶん、駅北のTホテルなら・・」
そう教えてくれたフロントマンには感謝したが
そこは格式が高く
僕らの身分ではとてもと思うようなところだった

あなたは電話ボックスの外で心配そうに見ている
思い切って電話を入れてみると確かに部屋は空いていた
価格を聞くと何とか支払えない金額ではなく
電車道でタクシーを拾った

高級ホテルの一番安い部屋で
僕たちは最初は黙ってシャワーを浴び
「おやすみ」と言い合って掛け布団をかぶった
僕にはまだ女性経験はなく
こういう時の対処法が分からない

絞ったオレンジの照明
あなたのほうをこわごわ見ると
あなたもこちらを向いていた
「ええよ」
小さな声であなたがいう
僕は少し躊躇して
黙ったままやがてあなたの布団に潜っていく
「あら、いらっしゃい」
あなたはクスッと笑う
「ぼく、はじめてなんや」
「いいわよ、教えてあげる」
教えてもらうも何も
次の瞬間、僕は本能からあなたの浴衣をはだけさせていた

小さめの形の良い
固い乳房に触れた時から
知らないはずの女性との契りが始まった

甘い体液が部屋に満ちる
オレンジの僅かな光の中で
美しい女性の身体が激しくうごめく
いざなわれるまま
求めるまま
世の中にこういう時間があるのかと
この世にこれほど美しいものがあるのかと
僕は汗を流して動きながら
ため息が出そうになる

部屋の天井の右奥
自分の外で自分を見ている誰かがいるような気がする


やがて二人してそのまま疲れ果てて眠っていたようだ
少し開いていたカーテンから朝の光が差し込んでいる
素っ裸のまま、抱き合って眠っていたようだ

「起きたの?」
あなたが瞼を開けて聞く
まじかで見るあなたの表情が美しい
「うん」
「仕事に行かんとだめじゃ」
「うん」
「今何時?」
僕はあなたの身体から離れ、
ベッドわきのデジタル時計を見た
「7時半・・」
あなたは驚いた様子で一気に体を起こした
「大変、大急ぎで支度せんと」
そこからあなたは
全く笑顔を見せずに朝の支度をする

ホテルの会計はクレジットカードで済ませ
二人してJRの構内、地下の自由通路を歩く
あなたは無言だ

僕はあなたが欲しい
たった一晩、身体を合わせることだけが目的で
今まであなたに向かい合ってきたわけではない

そう、僕はあなたの人生が欲しい
あなたの生涯を歩く伴侶になりたい

だけど

あなたは今朝、朝の支度をしながら・・こういった
「ワタシ、だれかのもんになりとうないんよ」
「ワタシはワタシ、ずっとそう・・」

その瞬間、僕は見事に振られたと実感したのだ
だから昨夜のあなたは
僕に対するせめてものやさしさだったのかもしれない

だが、情けない僕のオトコのサガは
そのことを理解しない

「一回、帰ってから着替えて仕事に行く・・あなたも無理せず頑張ってね」
地下通路を出て、広電の乗り場が見えるころであなたはそう言った

これですべてが終わる
僕は観念するしかなかった

駅前から広電の路面電車が沢山発車している
あなたはそのうちの
「己斐」と行先を出した電車に小走りで向かう
「さようなら、また来てね」
僕は手を振るしかない
また来てええのんか・・
そう思うがそれは僕の安心であり不安でもある

あなたが乗り込んだ電車がたまたま、
昔は神戸市電として走っていた電車だと気が付いた
何か意味があるのだろうかと苦笑する
広電1157


******

昨日はあなたと広電に乗った

広電の車両は
基本的には路面電車で
それゆえに車体は僕らの知っている関西の電車よりかなり小さい
それでも乗った電車は「宮」と系統に大きく書かれた宮島線直通で
普通の路面電車が1両で走るのに
3両も連結していた
広電3004


だがやはり、車両人一つ一つは小ぶりで
その小さな車内で
あなたは悲しげに車内の様子を見まわす

電車は路面電車ゆえに発車と停車を細かく繰り返すが
ふっと「このメンドクサイ感じが嫌なんよ」
などという
「通勤で電車に乗っとんやないの?」
あなたのアパートは皆実町で職場は相生橋だ
広電なら3号系統ですぐだろう
「この間、バイク買おたんよ、じゃけえ今はバイク通勤なん」
「まぁ、電車は夜10時過ぎまでしかないし、勤務も深夜準夜もあるだろうし・・」
「ワタシね、気が短いんじゃろうね・・この、のんびり感がだめなんよ」
「なるほど」
そうはいっても
あなたは興味深く電車のからの景色を楽しんでいるようだ

八丁堀から乗った電車は
ちょこまかとよく停まり、紙屋町の繁華街、原爆ドーム前
そして住宅街の中を、さして早くなく抜けていく

けれど己斐を過ぎると
路面電車から郊外電車に出世して
ぐんとスピードが上がる

「電車、ぶち速くなるね・・出世したん」
そう言って笑う
「宮島線、乗ったことないの?」
「うん、はじめてなんよ」

宮島では鹿の頭を撫で、社殿に詣でる
ロープウェイで山上に登り辺りの景色が広がることに驚き
はしゃぐあなたの姿があった

そして
そのあとが昨夜のホテルということだ

あなたが神戸から広島へ単身で移って
広島生まれとは言いながら
広島から「汽車」で、とことこ何時間も走った先の
さらにそこからクルマで何十分も走った先の

そこで生まれて育ったあなたが
就職で出てきた神戸から
いきなり「故郷に近いんじゃ」と広島市内に転職した
その気持ちは分からないでもないが
結局、大都会広島の街中に一人ぼっちで
あなたは僕のような
あなたにとってどうでもいいような「友達」にまで
SOSを出してしまっていた

だがこの頃にはようやくあなたにも
広島での仲間や友達もできて
少し心に余裕が生まれたのではないだろうか
広電3102本川町


僕はあなたの電車を見送って
JRの構内に入った
「みどりの窓口」ですぐに乗れる新幹線の特急券を買い
すぐに来た「ひかり」の座席についた
新幹線は広島の余韻も何もなく
いきなり山の中に入ってトンネルへ向かう

本当にまた広島に来てもいいのだろうか
いや、いいと信じてまた来るしかないのだろう
トンネルの闇、窓ガラスに自分の顔が映る
車内放送で各駅の到着時間が流れている

・・新神戸着は10時40分、大遅刻だ・・




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