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kou1960

Author:kou1960
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小説の形を借りて自分史も入れたりしています。
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阪堺電車

阪堺線162


あの日の大阪の方の空は真っ赤やってんよ。
奈良の親戚のところへ疎開させられていたから
私は空襲を知らへんの

でも、疎開先でいじめられてん
かばってくれた叔父さんが頼もしかったわ

車椅子に乗り、若い女性介護士に押してもらいながら
婦人は何度も喋ってきたことをまた繰り返す
横断歩道の途中には阪堺電車の、石畳の敷かれた線路があり
介護士には車椅子が押しにくい
遠くに電車が見えるが、路面電車ゆえ、まだ当分はここまではやってこない
ガタガタと揺れる車椅子、線路のところで詰まるようになりながら
それでも介護士は「えいっ!」と車椅子を強く押す

グイッと前のめりになりながら
介護士・被介護者の婦人はそこを乗り越える
「いつものことやけど、ここ、通りにくいですね」
苦笑しながら介護士が婦人に話しかける
「阪堺電車の線路ですもんね」
「仕方ないやんね、あなたにはしんどいやろうけど」
そういいながら線路のある道路を渡り終えたとき
ふっと思い出したように婦人が喋る

「子供の頃はこの電車で浜寺や大浜へ泳ぎに行ったもんやわ」
「そうなんですね、こんな都会にも砂浜があったんですね」
ここまではいつもの会話だ。

その時、深緑色の古い電車が近づいてきた
やってきた電車を見て、婦人が、いつも言わないことを言う
「まあ、懐かしい電車・・」
「あら、本当、えらい古臭い電車ですね、鉄道ファン向けに走らせてるのかしら」
「電車ばかり追っかけてる人たちって、おるよね、なにがおもろいんやろ」
婦人がそういって笑う
二人の真横を古い電車は「うおーん」とモーターの音を唸らせてゆっくり通過する

「この電車って、吉野さんが子供のころから走っているのと同じなんでしょうかね」
「そうねぇ、たぶん、見た感じはあの頃のまんまの電車だわね」
「そうしたらこの電車も八十歳くらいなのかしら」
「ほんまやね、長生きの電車よね」
いつもと違う会話になった、介護士は珍しいことだと思う

狭い商店街を車椅子を押す介護士と、その車椅子に乗る被介護者の二人が行く
「吉野さん、お久しぶり、今日はええお天気で良かったな」
八百屋の兄さんが語りかけてきた
「そやねん、このところお天気が続かへんで、お買い物もできひんかったしね」
「そやな、雨が多かったな・・ほんで今日はなんにしよか」
「う~ん、一人やからたくさん食べられへんしなぁ」
「いやいや、大根半分でも、三分の一でも、四分の一でもええで」
「きゅうり一本とかでも」
「きゅうり、一本言わんと半分でも売らせてもらいまっせ」
「ほな、半分は悪いからきゅうり一本と、トマト一個、キャベツ半分の半分・・」
「はいよ!それまとめて袋に入れてセットにしとくさかい」
「ああ、おおきにな、いつも助かります」

八百屋の兄さんと婦人が会話して、介護士が預かっている財布から小銭を取り出す
「まいどおおきに!」
明るい声に送られて二人はまた歩き出す

車椅子を挟んだ二人は、もと来た方向へ向きを変えてまた線路のほうへ向かう
「あんなこま切れの買い物、あのお店でしか、させててくれへんからな」
婦人が介護士に言うでもなく呟く
「ほんとうですね」と介護士も軽く返す
けれど介護士の彼女は
「スーパーやったらきちんと小分けでパックしてくれてるのに」といつも思っている
この婦人、吉野さんは、マンション近くのスーパーはお気に入りではないらしい
それが故、気分のいい日には線路を横切らねばならない八百屋まで行きたがるのだ

線路のある道路に出ると電車がすぐ近くに見えた
停留所に停車して客を降ろしている
さっきのと同じように古い電車だが今度は車体が茶色だ
「あら、また古い電車、今日は珍しいですね」
介護士が婦人に向けて驚いたような声を出す
「ほんとうやね、古い電車、たくさん残しているのかしら」
電車から降りてきた女が二人の前を歩いていく
きつい化粧に派手な赤系統のビロウド地らしいワンピース
黒いベルトには金の飾りが見え、肩から如何にもブランド物というバックを下げている
その女は肩で風を切るという表現そのままに威勢よく去っていく

その女を見た婦人がふっと呟く
「あの子、今からお仕事なんやね」
「そうみたいですね、スナックのお姐さんかな」
「いや、あの雰囲気はスナックというより、なにかこう、お色気のほうやね」
そう口に出した夫人は急に泣き顔を介護士に向けた
「吉野さん、どうされたの?」
「うううん、別に、わたしもあんな風に一生懸命だったなって」
「そうなんですか?」
「うん、あなたたち若い世代の人は軽蔑するかもしれないけど」
「いえいえ、いろいろご苦労なさっておられるんですから」
介護士の彼女は「いつもと違う展開になってきた」と思っている
反対方向へ行く阪堺電車が通り過ぎる
パンダの絵柄が車体にプリントされている電車だ

********

もう、どうにもならなくなった
今夜のお米はある、けれど明日の分はない
亭主はけっしてズボラな人間ではないが、運が悪いというのか
うまく金を稼ぎ出すことができない
よしんば、夫に明日、仕事があったにしても
その稼ぎが手元に入るまでには自分たちは干からびてしまう
「ね、もうお金があらへんの、どないするのん」
「いわれても、わしも必死やねんけど、こんだけ雨が続くし、景気が悪いし」
「じゃ、わたしがもう一つ仕事するわ」
「いや、お前、工場の仕事しながらできる仕事て」
「夜の仕事に行くわ、日銭でくれるとこもあるかもしれへん」
「いや、それはやめてくれ、夜の仕事言うたらお前・・」

出来る限りのおめかしをし、夫の制止を振り切ってアパートを出た
といっても、着るものもほとんどは質入れしてしまっていて、ろくなものがない
せめて化粧だけでもと、自分でも「お化けやな」と思うほどにした。

まだ日が長い夏の夕暮れ、阪堺電車が「うおーん」と唸ってやってきたあの景色を
わたしは今も忘れることができない
蛾や甲虫が飛びかう電車の車内
その窓に、渡ってはいけない危ない橋を渡ろうとする自分の顔が映し出される
怖い顔だと思った

車内のほかの乗客すべてが幸せに見え、その幸せを恨みたい気持ちになった
十分ほどで、そこだけが高架の、
線路の下からホルモン焼の匂いが漂う停留所に降り立った

意を決して道を歩くも
知る人に出会うことなど稀な街なのに、人目を隠すかのように歩いたあの夜
案内所のようなところでいきなり「わたし、働きたいんです!」と叫んだ自分

そして、そのまま連れていかれた菓子商のような間口の店で
教えられた吐き気がするような客への仕事を
ほんの数十分後にはやってのけた自分があった

もちろん、家では夫が怒った
「生きるためにウチが必死でやっとンや、あんたに文句を言われる筋合いはないわ」
そう言い返されると、何も言えずうなだれる夫
けれど、あの夜の
初めて赤の他人に身体を任せたときの
なんとも言えない嫌な感覚は今も身についていて時々自分を襲う

それから三年、嫌な仕事を続けた
相手にした男は千人にも上っただろうか

だが、そのおかげで、さすがに少しカネが溜まり、小さな喫茶店を出した
その店も何十年かやって、身体が言うことを利かなくなってから閉めた
夫は店ではよいマスターでいてくれたが、夫との夫婦関係は一切なくなった
妻としての自分を許してはくれていなかったのだろう

そしてその夫も、店を閉める少し前に他界した
夫は多分最後まで自分を許していなかったろうし
あのとき、不甲斐なかった夫自身を攻め続けていたのだろう

******

阪堺電車が行く。
連接車と言われる、スマートで大きな電車だ
静かに滑るように去っていく
「あんたは、わたしみたいな無茶をしたらあかんで」
そう言いながら夫人は涙を拭う
車椅子を止めたまま話を聞いていた介護士は
ただ、空を見つめ涙をこらえていた

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家出

雪の客車

雪は夜になる前に上がり、月明かりが煌々と辺りを照らす。
ここ数日で降り積もった雪が月に照らされた明るい夜だ。
好夫は「しまった」と唇を噛む。
これでは自分たちの行動が月と雪に照らされて丸見えではないか。
誰もが年末年始の多忙を過ぎた今だからこそ、ひっそりと実行できる計画だったはずだ。
それにこの月夜、そして大雪だ。
元より、さほど雪の降る地域ではないがこの年はことさらに雪が降った。
雪だけならさほど問題はない、だが、雪のあとの月夜となると、街灯の乏しい田舎とはいえ自分たちの姿を見られることのリスクを思わずにはいられない。

揖斐へ向かう近鉄電車の四つ目が彼女、悦子の家の最寄り駅だ。
そこはちょっとした町の中心的な駅でもある。

古い電車はモーターの唸りを上げて雪原を走る。
好夫は思わずため息をつく。
「中止したい」
そう思うが、もはや悦子に連絡を取る手段はなく、彼女はもう、好夫がカーテン生地で作った縄を部屋の柱に結びつけているころだろう。
こういう時、なぜに女は強いのかと思うが、それもため息のもとでもある。

好夫の心配をよそに、電車は気持ちの良いモーターの音を立てる。
窓の外は月に照らされた雪が広がるばかりだ。
あの町の神社の陰に、すでに悦子は向かっているだろうか。

今夜決行することは決めていた。
所謂、駆け落ち、家出である。
北風が吹きすさぶ真冬の夜ならば、たとえ家を出たことが家人に分かっても追っては来れないだろうという浅はかな考えからだった。
だが、自分の浅はかさを天に笑われたかのようなこの明るい夜はどうだ・・

そして好夫にはもう一つの不安があった。
それは今夜これから二人で落ちていくその行先を未だ決められずにいたことだった。
夜汽車に乗って遠くへ・・・
そう直感して決めたものの、その遠くがどこなのか、東京なのか、大阪なのかはたまた九州なのか・・

だが、手元に持ち合わせもあまりない。
まさか一銭の金も持たずに二人で過ごせるはずがないことは十分わかっているつもりだ。
それゆえできるだけ、鉄道の運賃にはお金をかけたくないという思いもあった。
けれどまた、近く・・例えば名古屋あたりだとすぐに親戚に見つけられてしまうだろう。
鉄道の運賃に使えるのは片道500~600円と言ところだろうか。
その当時、これだけあれば大垣から関西には行くことができた。
それゆえ、好夫の頭の中にはぼんやりと「関西」という方向性が浮かんでいた。

夜の広神戸(ひろごうど)駅で電車を降りる。
駅員にも顔をあまり見られたくない。

外套で顔を隠すように改札を抜ける。
夜の雪道を歩く・・・・降ったまま凍った雪が靴の裏で音を立てる。

夜の町は雪と月に照らされ、夜とは思えぬほどに明るく、美しい。
「わしは・・たわけじゃが」
凍てつく街を歩きながら独り言が出る。

******

その頃、町はずれの農家二階では悦子が、支度に余念がない。
「なんも持つな、からだ一つでええて」
そう好夫に言われたものの、女としてはせめて必要なものをバックに詰めるくらいのことはしなくてならなない。
息を殺し、階下の両親や兄に悟られないように、支度をする。
そのとき、いきなり襖が開いた。
母だった。
「なん、しよんね」
悦子は声が出ない。
バックを背中に回し、身体は母のほうに向かうが母の顔を見ることができない。
「あんたなぁ、ええ具合に先のこと、考えとんかい?」
声が出ない。
「どないするんや、生活していったら相手のおぞいとこも見えるでな」
嫌だ、どうあっても今夜、ここを出るのだ。
彼と二人で・・・

「まぁ、ええわい」
母はため息をつきながら、悦子の手に封筒を持たせた。
「え・・・」
「これだけしか、うちにはできん・・堪忍やで」
分厚い封筒にはいくらの紙幣が入っているのか見当もつかない。
「お母さん・・」
「ようけはない、お前の嫁入り用にと貯めよったんじゃ・・まだ、ちいとやでの」
「うち、そんなんしてもろうたら・・・・・」
「ただし、お父さんの立場もある、玄関から出てくんは・・あかん・・」
母はそういうと立ち上がり、襖を閉めて階下へ降りていく。
悦子は声を上げて泣いた。

******

好夫が神社の境内に着いても、悦子の姿がない。
しばしそこで待ったが、何かあったかもしれないと思うと居ても立っても居られない。
神社からほど近い悦子の家の前までくると、二階の悦子の部屋にだけ明かりがついていた。
何やら動くものがある。

まさか、声を上げるわけにもいかず、傍の木の枝を叩いてみた。
雪が好夫の頭の上に落ちてくる。
悦子は部屋の柱にシーツで作った縄を結んでいるところだったが、好夫の姿に気が付いたようだ。
小柄な彼女が一生懸命にシーツを結び、それに伝って降りようとする。
元より、好夫が考えたこととはいえ、危険極まりない。

さきにバックを放り投げてきた。
雪の上にバックが落ちる。
好夫は慌ててそれを拾い、自分の立っている木の根元に置く。
続いて間髪を入れず、悦子が縄にぶら下がる。

危なげな格好で、シーツの縄にぶら下がった悦子は、一瞬、うまくそのまま地面まで滑り降りるかと思ったが、すぐにシーツが切れた。
彼女は2メートルほど落下した。
ドサッ!
雪の上に尻から落ちた。
「大丈夫かや!」
思わず声が出てしまう。
「雪が積もっとってよかったがな・・」
悦子はそういい、好夫を見て、そして笑った。
「お尻が・・くろにえとるかな?」
「雪やからの、大丈夫やろ」

好夫がそう答え、悦子がまた笑う。
二人は雪を払い、駅へ向かう。
早くしないと最終の大垣行きに乗り遅れてしまう。

辛うじて最終の大垣行きに乗れた。
本日最後の切符を売った後は何も知らんとでも言いたそうな駅員から切符を買い、やがてやってきた古臭い電車に乗り込むが他に乗客はいない。
好夫から見た悦子は能天気に構えているように見える。
だがそれは悦子から見た好夫も同じでやはり能天気に構えているように見える。
さして速度を出さない田舎の電車は、雪明りのだけが光る夜の田園を走る。

大垣駅に着いたのは深夜11時過ぎ、古風な電車から降りて国鉄と共用の改札口へ向かう。
「ねえ」
悦子が好夫に問いかける。
「結局、何処まで行くの?」
「ああ・・うん・・」
「もしかして、決めとらんの?」
「いや、そんなことはないんや」
「ね・・何処に行くの?」
「ああ・・神戸や・・ごうど、と同じ字を書くのも縁やろ」
「きちんと決めてるんやね」
「ああ・・」
結局、今日の実行までに行先を決めることはできなかった。
だが、それでも何としても今日でないと悦子を掴むことはできない。
彼なりに必死だったが、悦子にそれがバレないようにしなければならない。

だがここに至って彼の心境は「この先、どうしよう」でしかなかった。

「神戸(こうべ)まで二枚」
出札口で好夫は切符を求める。
千円札では二枚は買えない。
なけなしの金が減っていく。

寒い待合室で二人が肩を寄せ合って待つ。
誰か知った人が来てももう止められないとは思うが、それでも好夫は周囲を気にする。
「0時28分発、門司行き、改札です」
駅員がそっけなくそう伝え、彼らを含め数人が立ち上がる。
ホームに出るとまた雪が降っている。
遠くからヘッドライトの明かりが見え、やがて、汽笛が聞こえる。
「ねえ・・」
悦子が好夫にしなだれかかる。
「もう一回、本当のことを言って・・・」
「本当のこと?今から神戸に行くことか」
「違う、私のことを本当に好きなの?」

だが、悦子の言葉はたくさんの貨車を牽いてやってきた黒っぽい機関車の汽笛で消される。
けたたましい警笛が二人を包む。
そしてそのあとの無数ともいえるたくさんの二軸貨車のレールジョイントだ。

「ねえ、私のこと、好いとるの?」
悦子が大声で好夫に聞く。
「あ・・・ああ・・」
「ねえ、わたし・・こんなに・・」
「なんだ・・・」
貨物列車が通り過ぎた。
遠くにジョイント音が去るが、まだ余韻が残る。
「私のこと、好いとるの?」
「ああ・・もちろんや」
「本当に?」
夜のホーム、足元は雪だ。
遠くにヘッドライトが見える。
「ねえ・・」
「なんだ」
「好きと言って・・」
機関車の警笛が響く。
今度の警笛は心なしか優しく聞こえる。
「汽笛に負けんように言って」
「ああ・・」
「好きと言って」
「ああ・・」
警笛がまた響く。
強いヘッドライトの光の中で二人は抱きしめあう。
「好きだ」
「聞こえん」
「好きだ!!」
機関車に率いられた茶色の客車が彼らの横を減速しながら通過していく。
ガシャ!ガシャ!
列車は金属音を立てて停車する。

客車の扉を押し開け、二人は客室に入る。
思い思の格好で座席を使って寝入っている乗客たちばかりで、彼ら二人の空席が見つからない。
気配を感じたらしい一人の壮年が彼らに声をかけた。
「おお、二人連れかいな・・ワシの前が空いとるわ」
壮年は独りで向かい合わせの座席を占めていた。
「あ・・すみません・・」
「いやいや、こちらこそ寝入ってしもうとったわ」
「ありがとうございます」
悦子が頭を下げる。
壮年は二人の顔をじっと見つめる。
機関車の警笛が鳴り、列車はガクンと振動を伴って発車する。
「どこまで行かれるのかな?」
壮年は二人に聞く。
「神戸まで」
悦子が答える。
だが、好夫には神戸はあてずっぽうでしかない。
「ま、その近くまでです」
「近くとな…」
壮年はそういったきり考え込んでしまった。
そしてやがて好夫を睨むように問いただす。
「行く当てはあるんかいな?」
好夫は顔を真っ赤にして何も言えなくなった。
「はぁ・・その、繊維の仕事で・・・」
「ほう、あんたは糸偏の仕事をしておるんかいな、その当てが神戸にあるんやな」
「いえ・・」
その好夫の言葉に驚いたのは悦子だ。
「あんた、当てもなくこの列車に乗ったの??」
「いや、そんなことはないんや」
悦子はうつむいてしまい、涙を流しているようだ。
列車は大垣駅の複雑な構内配線を抜け、やがて東海道線本来の速度へ加速していく。

「ほう、仕事が決まらへんのに、神戸へ行くんか」
「いえ、僕には繊維の仕事では自信がありますから」
「ほう・・そやけど、まだ何も決まってないんやろ」

壮年がそういうと好夫は肩を落とした。
壮年が続ける。
「ワシは名古屋へ織機を見にいっとったんや」
「織機・・ということは紡績の会社ですか?」
好夫が顔を上げる。
悦子はうつむいたままだ。
「そうや、神戸の先、兵庫県の高砂市で繊維会社をやっとる・・」
窓の外には燈色のさして明るくない車内の風景が反射するだけ。
時折、機関車の警笛が鳴る。
この辺りはつい先だって、電化されて蒸気機関車から電気機関車になったばかりだ。
ガクン、軽いショックで列車は関が原への上りにさしかかる。

レールジョイントが規則正しく車内に広がる。
乗客たちの息や酒、煙草や水虫の匂いが、蒸気暖房の湯気に煽られてかえって際立つかのように広がる夜汽車の車内だ。
向かい合わせの座席に二組の窓、天井の真ん中の燈色の照明。

窓の外では雪が横に走る。
「なぁ、君、もし、まだ行先が決まってないんやったら・・うちへ来んか」
唐突に壮年が好夫に問いかける。
「あなたの会社ですか・・・」
「この列車は朝には神戸を通って西へ行く・・明石を通って加古川という大きな駅がある」
「加古川・・」
当時の繊維産業では加古川には日本毛織の大きな工場が二つもあり、よく知られた町だった。
「ああ、その駅の次の駅が宝殿っちゅう駅や、わしはそこでタオルを織る会社をやっとんや」
「ほうでん・・」
「宝、それから殿様の殿、それで宝殿、縁起の良い駅名やろうが」
壮年はそこで笑った。
「あ・・他のお客が寝とるわい・・小さな声でな」
そういうと今度は悦子が俯いたままクスクス笑う。
「でもまだ、あなたには会ったばかりですし」
「何を言う、これこそ縁っちゅうもんやないか・・」
カーブは続く線路を客車の車体を軋ませながら列車は走る。

「ほんまに、ここで会ったばかりの僕でよろしいんですか?」
「ああ、今はタオルはいくら作っても売れる・・一人でも優秀な作業者がほしい・・」
「実は、僕はまだ行先を何も決めていませんでした」
「やっぱりそうか、ただ、さっき行先を神戸とはっきり言っていたと思うが」
「彼女の家が大垣近くの神戸(ごうど)で、同じ漢字やし」
「それだけのことかいな・・彼女はそれを知ってついてきたんか?」
悦子が顔を上げた。
「いえ、騙されました」
そう言って笑った。
まだ目に涙のあとがある。
「神戸に当てがあるものと思っていました」
「それはひどい・・」壮年が好夫を睨み付ける。
「ワシは、竹中繊維の竹中政造や」
そういいながら名刺を上着の内ポケットから出して好夫と悦子に渡す。
「私にまでお名刺を・・」
「あんたの惚れたこの男は、とんでもないええ加減な人間や・・何かあったら即ワシに言うてな」
そして好夫のほうを向き、「人生、女を連れてまでええ加減なことはしたらアカン、あんたはワシのところですぐに働くんや」

列車が減速をする。
雪で滑るのか、連結器の衝撃が大きい。

山間の小さな駅に停車した。
関ケ原と、駅名が粗末な照明に照らされている。

数人の乗客がおりていった。
「あんたの名前を教えてもらわんとな」
「はい、窪木好夫、こちらは妻になる予定の悦子です」
「そしたら、わしのところで明日から、いやもう、日付が変わったな・・今日からや・・働く、それでええか・・」
「はい、お願いします」
「住宅は事務所の横の部屋が空いとるさかい、そこを使うてくれ」
「なにからなにまで・・」
機関車の警笛が鳴る。
ガクンと衝撃が響き、列車は加速する。
客車の二枚並んだ窓の向こうに雪原が広がる。

「ちょっと社長さん、彼女とデッキで話をしてきます」
好夫は竹中に頭を下げる。
「ああ・・二人ゆっくり話しときや・・話が済んだらこの席に戻っといで」
「はい」

客室の、寝入っている乗客の間をすり抜け、デッキに出た二人は客室よりもっと粗末な照明の下で向き合った。
「たわけ・・」
そう切り出したのは悦子だった。
「すまん」
「あんたを信じてついてきたのに、なんも行先も決めとらんって、信じられんわ」
「すまん・・一応、僕には仕事の自信もあったし」
「そやけど、そしたら神戸に着いたらどうするつもりやったん」
「いや、それは取りあえず・・」
「とりあえず、二人でぶらぶらするお金なんかある?」
「いや、ない・・・」
「もし、あの社長さんに出会えんかったら、えりゃあことになりよったんや」
雪の降りしきる外界と遮るたった一枚のうすい木の扉の隙間から冷気が飛び込んでくる。
「たわけ・・」
そういったきり、悦子は好夫の懐に飛び込んできた。
「あんたはたわけや」
「すまん・・・」

列車は未明の雪原を西へひた走る。
二人にとってお互いの身体の暖かさ、何が何だかわからぬが、それさえあれば生きていけると二人が身体で感じていた。
門司行き普通、111列車は走る。

「宝殿は7時25分ということや、それまでせいぜい寝とかんとな」
列車の揺れによろめきながら通路を歩き、座席に帰った二人を竹中は笑顔で迎えてくれた。

(昭和30年代初期、この111列車は前日の14時30分に東京を出て、東海道線を各駅に停車しながら、大垣に0時26分着28分発、岐阜と米原の間は大垣と関が原だけに停車するが、米原からまた各駅停車となり、神戸6時15分、加古川7時18分、そして門司には22時01分着という今では考えられないのんびりした列車だった。
もっとも、京都・明石間の関西の国電区間では、大阪、三宮、神戸、須磨だけに停車していた。京都・神戸間1時間55分、大阪・姫路間2時間ちょうど、今の新快速はおよそ、その区間をそれぞれ半分程度の所要時間で結んでいる。)


(本作品はあくまでもフィクションであり、実際の記録などではございません)
キハイメージ

今から十七~八年前の話だ。
だから平成十年ごろということになろうか。
播州T市にある山陽本線S駅に八時前に集合という。
神戸からでは自宅を六時に出なければならない。
基本的に播州方面へ撮影の応援に行くときは営業用のライトバンを使うのだが、S駅からの列車に僕も乗らねばならないとなると、まさか一昼夜、近所の駐車場にクルマを預けおくこともできず、アルミバックを抱え早朝の電車を乗り継ぎ、梅雨前の晴れ間が広がるS駅へ向かう。

そのころ、僕は写真屋だった。
自分の店だけでは食えないし、時としてオンシーズンにもなると一気に怒涛のように仕事が入ることもあり、僕ら写真屋は横に繋がりながらお互いに応援のやり取りをしていたのだ。

S駅横のちょっとした広場ではすでに大勢の小学生と見送りの父母たち、前に並ぶ教師たち、それに旅行会社の添乗員たちがそろっていた。
駅前は子供を送りに来ている父母のクルマで一杯だ。
「おはようございます。本日、川西写真館さんの応援で撮影を担当させていただきます大野と申します」
写真や稼業も学校とのおつきあいに慣れれば教師たちの序列も自然に読めるようになり、僕はこの人が学年主任と思しきちょっと頭の禿げた男性に声をかけた。
「あ、大野さん、川西写真館さんからお話はお伺いしております。よろしくお願いいたします」
その教師はそういったかと思うと、僕を校長のもとへ連れて行った。

「あ~~!、これはこれは、よろしく頼みますね~」
いかにも人の良さそうな校長はニコニコと挨拶をしてくれる。

南山小学校の出発前のお話が始まった。
学年主任が軽くあいさつした後、校長はメガホンをとり「みんな~~空を見てごらん!」と言いながら空を指さした。
大仰な表情をして、前身で空をぐるっと見上げるポーズをとる。
「昨日までは雨でしたね!今日はこんなに良いお天気、仲良く、先生方の言うことをきちんと聞いて、楽しい修学旅行にしましょう」
一瞬、この校長、まるで芸人やな・・と思った。
けれど、小学生相手ではああいうオーバーアクションもまた必要なのだろうな・・・
そう思いながら僕は早速その様子を愛用のニコンで撮影していく。
カメラはモータードライブ付きのFM2とFE2だ。
この程度の機種が軽くて、動きが確実で使いやすい。

「皆さんにご紹介します!」
学年主任がそう言って僕を、皆の前に立たせる。
「今日の撮影を担当してくださる、カメラマンの大野さんです。この方を見かけたら、たくさん写真を撮ってもらいましょう」

僕はちょっと照れるなと思いながら、小学六年生とその後ろの父母に向かって深々とお辞儀をする。
生徒たちが拍手をくれる。
何の拍手だろう。

それが済むとホームへ移動だ。
南山小学校はこの駅から南へ二キロほどのところにある、生徒数は全部で400人ほどの小さな学校だ。
一学年は七十名前後、各学年には二クラスしかない。

ずらずらとホームへ引率される生徒たちの先頭を追い抜き、僕は先に改札内へ入り、改札口をくぐる団体を撮影していく。
ホームに生徒達が整然と並んでしばらくして・・キハ二八系と言われる気動車の団体専用列車が入ってきた。
つい先だってまで、山陰本線や姫新線、福知山線、関西本線など、関東では常磐線、総武線などで「急行」として走っていた、あの肌色に窓回りを赤く塗った車両だ。
列車は六両編成で、このうちの一両半が南山小学校の車両だ。
生徒たちは丸ごと一両を使える前の車両に乗り込み、校長と学年主任、旅行社の添乗員、そして写真屋の僕はいったん後ろの車両に乗り込んだ。
当時とて古い急行用の車両だが、清掃は行き届いている。

僕の乗った後ろの車両の半分は他校が使うのだけれど、その学校は半車しか使えない車両にも教師たちスタッフと小学生もすでに前の駅で乗り込んでいて、賑やかだ。

急行型気動車の座席定員は1両辺り84名のはずで、学校の二クラスはまるまる乗ることができるから、この車両半分と後ろの車両二両に丸々に乗っている学校は一学年五クラスもあるようだ。

こちらの南山小学校は生徒は前の車両にすべて乗り込んでいるから、後ろの小学生たちとはかなり席をあけて、僕らは座った。
添乗員は僕にボックスを一区画宛がってくれた。
「写真屋さんはお荷物もおありでしょうから、ここをゆっくり使ってくださいね、帰りも同じ座席ですよ」と言ってくれる。
添乗員はJAB旅行社の、如何にも仕事のできそうな、ちょっと小柄の中年男性と、その人の部下であろう若い女性の二人だ。

南山小学校のスタッフは添乗員二人、写真屋一人、校長、学年主任、担任が二人、体育教師と医務スタッフとしての保健室教師一人の併せて九人だ。
生徒は全部で七十二名、合計八十一名様の団体一行となる。
校長は五十歳代くらい、学年主任は四十代だろうか、少し頭が禿げかかっている人だ。
担任の先生は二人とも若く、一人は背の高い男性、もう一人は小柄でなかなか可愛い女性、体育教師は三十代、保健室教師は四十代にみえる「優しいおばちゃん」タイプの人だ。

列車はすぐにエンジンの音を上げて発車し、次の駅でまた停車、ここでもう一校の小学生団体を乗せ、ようやく団体列車らしく駅を通過しながら走る。
僕は鉄道ファンでもあり、ふだん、この辺りではめったに見られないキハの団体列車に乗っていることで胸を躍らせるが、これは仕事である。
列車に気をとられるのは、手が空いている時だけにしようと思うがそれでも、列車のポイントを通過するときの揺れや、すれ違う他の列車の様子を見るとちょっと嬉しくなる。

車内が寛いできたころ、僕はカメラ二台にスピードライトをつけ、座席ボックスごとの写真を撮影に回る。
上着の右のポケットには使っていないフィルムを、左のポケットには使い切ったフィルムを入れて、一回の撮影に最低二度はシャッターを切りながら、子どもたちに声をかけて撮影していく。
「は~い、こっちいいかな!!」
トランプや卓上ゲームに興じ、おやつを食べている子どもたちは屈託なく、いい笑顔でこちらを向いてくれる。
播州の学校の場合、こういう屈託のなさが嬉しい。
これが神戸市内などの都会の学校相手だと、どうしても風変わりな子が何人かいるものだ。

さっき、校長を芸人みたいやと思った僕だが、自分で僕もまた芸人みたいやなとも思う。
ひとしきり撮影して、自分の座席に帰ってほっと一息つく。
あっという間にフィルム四本を消費していた。
撮影後のフィルムケースにマジックペンでナンバーを入れ、カメラボックスに収めてしまう。
新しいフィルムを出し、上着の右ポケットに入れておく。

列車は性能一杯の高速運転をしているようだったが、当時のキハの最高速度は時速九十五キロ、すでに新快速電車の時速百十五キロ運転が始まっている時代だったから、ノンストップの団体列車とはいえ、どうしてもほかの列車にどこかで道をあけなければならない。

キハは神戸駅の側線に入り、新快速をやり過ごす。
とりあえず一仕事は終わった僕は、しばらくキハの乗り心地を楽しむことにしていた。
かつてたくさん走っていたキハの急行列車は廃止されていて、神戸の山の緑をキハから見るのはめったにできなくなってしまった体験だった。

そのあと東灘操車場の側線で高速貨物列車にも道を譲り、大阪駅ではドアは開けないのに何分も停車する。
そして京阪間、新快速が二十九分、平均速度八〇キロ以上で駆け抜ける区間をキハは精一杯飛ばす。
この飛ばし方が鉄道ファンにはたまらない。
子どもたちの様子をちょっと見に行くと、大半の子供が眠気に誘われてしまっているようだ。

列車が京都駅に入り、何本もの線路をまたいで奈良線へと向かう。
教師たちが「そろそろやな」と言い出した。
同じ車両に乗っている別の小学校も教師が生徒たちに指示をする。
「では、列車は今から奈良線に入ります。奈良線は大体一時間半ほどですが、この間におうちから持ってきたお弁当を食べてください。な、お弁当のゴミはクラスごとのゴミ袋に入れるように」

時刻はまだ午前十一時になっていないが、奈良線区間が昼食タイムというわけだ。
それにしても奈良線では京都から奈良まで普通列車でも小一時間であるから、ノンストップのはずの団体列車が一時間半とは恐れ入る。
単線区間でもあり、あちらこちらで定期列車をよけながら走っていくのだろう。

子どもたちが弁当をあけて数分、様子を見て、僕はまたカメラをもって撮影に回る。
列車内で遊んでいる様子とお弁当を食べている様子は写真として外せないのだ。

撮影しながら、今度は子どもたちも少し気を許しているのかいろいろ話しかけてくれるのに応じながら、時間をかけて車両を回る。

気が付けば列車は宇治に停車していた。
自席で添乗員がおいてくれている駅弁を広げ、食べる。
キハの車内で駅弁を食べるなど、何年ぶりのことだろうか。

宇治駅で三本の黄緑色の普通列車に抜かれ、二十分ほど停車した団体列車はゆっくり加速する。
これでビールがあれば最高なのだが、さすがに今日はそういうわけにはいかないなと思いながら、弁当をゆっくり味わい、また列車の揺れに身を任せる。

奈良駅では団体改札から外に出て、待ってくれていた奈良交通の普通の路線バスタイプのバスに乗せられる。
座席は少なく、バスは二台しかないから半分以上の子供が立って乗る状態だ。
ただ、行先は東大寺なのですぐ近くで、あっという間に奈良公園へ着く。
鹿が寄ってくるが、ここで待っていたガイドさんが「鹿とはあとで遊びましょう!」と言いながら無理やり、子どもたちの列を引っ張っていく。
「はい、写真屋さん、ここで集合写真です」
ガイドさんに言われ、二月堂横の斜面を使ってクラス写真を撮影する。

当時は随行には必ずブローニー判の中型カメラを持って行ったもので、今ならデジカメの撮像画素数を上げるだけで事が済むのだろうが、フィルムといい、なかなか荷物の多い随行だったわけだ。
スムーズに二クラス撮影、校長も学年主任も慣れたもので、さっと生徒の間に入り、一クラスの撮影に五分もかからない。

東大寺ではここがポイントという大仏の鼻の大きさの穴をあけた柱を子供にくぐらせて撮影する。
大仏に向かって「みなでお祈りしましょう!」という校長の掛け声で一斉に合掌、柏手を打つ子もいるがいちいち注意したり教えたりしている暇がない。

駆け足で若草山のふもとへ。
ここで鹿のいる公園で鹿とホンの五分ほど戯れ、すぐに目の前にある土産物屋へ。
「ここで奈良のお土産を買う人は買ってください」
との声に子供たちは一斉に商品棚に群がる。

男性の添乗員が「校長先生、写真屋さんもお二階へどうぞ」と誘う。
もう一人の女性添乗員が店を見張る中、教師たちと僕は二階へ・・・そこには簡単な食事とビール、日本酒などがすでに用意されていた。
「いやぁ、これはありがたい、ここはこんなにいいお店だったのですね」
校長が嬉しそうに言う。
しかし、担任の二人は生徒が気になるらしく、ちょっとだけ箸をつけて飲み物には手を出さず、生徒のいる一階へ降りていく。
僕もまさかビールを飲んで仕事になるはずもなく、土産物屋での子供たちのスナップが撮りたいからと降りていく。

鹿と遊ぶのは五分ほどなのに土産物屋では貴重な時間を三十分もかける。
修学旅行のこういう風潮を誰も何とも思わない時代でもあった。

少し顔を赤らめた校長、学年主任たちも降りてきて、少し土産を買う。
やがて時間になり、広い通りに出てまた路線バス二台に乗せられ奈良駅へ。

留置線に入っていたのだろう、先ほどのキハの編成がすぐにホームに入ってきた。
キハは小学生たちがすべて乗車するとまもなく発車する。
子どもたちも疲れているようで、列車は今から景色の雄大な関西本線に入るというのに寝てしまっている。
進行方向を変えた列車は山の中に分け入り、エンジンの音も高く、案外速度を出して伊勢へと向かう。

これぞキハの快感、鉄道ファン本来の性分が出た僕は自席でゆっくりと列車を楽しめる。
静かな車内、やがて加太越えのこう配を超えた列車はグンと速度を上げて快走するが、この頃ようやく子供たちが起きてきた。

ふと、並行する線路があるのに気づく。
伊勢へ向かう近鉄大阪線だが、すぐにそこに瀟洒な特急電車が現れた。
同じ方向に向かっているその電車は、こちらのキハが精いっぱいエンジンを唸らせてもとても追随できない速度でさっそうと走り去っていく。
田園風景の中の近鉄特急電車はまさに一服の絵だが、生徒の一人が声を上げた。
「先生、あの電車で修学旅行、できなかったんでしょうか!」
「ああ・・あれは近鉄やからね」
「近鉄でもよかったんじゃないですか?」
「近鉄に乗るのに大阪の難波までバスで行かなアカンやろうが・・」

それでも古臭いキハは、一生懸命に走る。
反対方向への近鉄の赤茶色の普通電車やツートンカラーの特急も何本もすれ違う。
まるで近鉄にその存在を見せつけられているようでもある。

列車が多気から参宮線に入ると教師たちが動き出す。
「そろそろ到着です。ゴミをまとめてください。自分の荷物を忘れないように持ってください」
生徒たちが一斉に立ち上がり、片付けを始めた。

列車は日の暮れかかる二見ヶ浦駅に着いた。
この駅は無人駅で、ホームに旅館の人が迎えに来てくれていた。
小学生の行列は旗を持ったその人について歩く・・たぶんその人は旅館の番頭さんだろうか。
担任の男性教師が番頭風の人に尋ねる。
「海辺を歩いてもらっていいですか?」
「ああ・・まだ時間はたっぷりあるし、せっかくだから海沿いに旅館に行きましょう」
やがて伊勢湾の堤防の上を歩く行列、暮れかかる海の遠くに知多半島が見える。
「この感じなら、明日の朝は御来光が見える可能性が高いですね」
「ありがたい、私はもう三年も連続でご来光を見ていないのですよ」
担任の男性教諭が嬉しそうに言う。
「よく晴れてますからね、富士山も見えるかもですよ」
別の可愛い担任女性教師が「富士山、見えたらいいですね」と目を細めながら言う。
「大丈夫、普段からの行いがいいからね」そう言ったのは少し禿げた学年主任だ。
すると、生徒の一人が「ここから富士山が見えるんですか?」と聞く。
「ええ、年に二十日ほどは見えるんですよ、あのあたり、今暗くなっていますがあのあたりに小さな富士山が見えますよ」
「うわぁ、楽しみ!」
子どもたちが歓声を上げた。

旅館には十分少しで到着した。
部屋に入り、集団で入浴指導をする教師と別れ、僕は添乗員たちと明日の打ち合わせをする。
明日の朝は五時前に起床し、ご来光を見に行く。
そのあと朝食で、済ませたら夫婦岩のところで記念写真を撮影する。
修学旅行生が他にもいるから、手際よく、さっさと済ませること。
そのあとはバスに乗り戦国時代村に行くが、現地では職業カメラマンの活動は禁止されているとのこと、先生方に「写ルンです」を持ってもらってスナップを撮ってもらうしかないだろうとのこと。
ただ、いくらかの持ち込み料を支払えばカメラマンとしてのスナップは許させるので、そこをどうするかということなどが話し合われた。
結局僕は五千円を支払って戦国時代村内部でのスナップは撮らせてもらうことになった。
「それにしても・・」
僕には疑問に思うことがあった。
「伊勢に来て、伊勢参宮をしないというのはどうも引っかかりますね」
年配の男性添乗員がふっと、ため息をつきながら答えてくれる。
「昨今では宗教的観点から特定の宗教への参拝はするべきではないという保護者が増えました」
「でも、伊勢参宮はしないのに東大寺はありなんですね」
「そう、そこが面白いところで、伊勢神宮は宗教施設だが、東大寺は観光地であると」
「おかしな意見ですね」
「そういう意見がまかり通ってしまうのが怖いところで、いずれ、伊勢そのものへも来れなくなるんじゃないかと・・私たちは伊勢に戦国時代村ができてほっとしているんです。これで参宮なしでも伊勢に行けると・・」
「でも、鳥羽水族館でも御木本真珠島でもあるでしょうに」
「やはりちょっと弱いですよね・・水族館では・・」
おもちゃのような戦国時代村が修学旅行にふさわしいとは僕には思えないのだけれど、そこのところは黙った。

風呂を上がった子供たちが大広間に集められる。
いよいよ夕食だ。
夕食のシーンは修学旅行スナップの中でも絶対に必要なシーンでもあり、撮り溢しのないようにしなけれなならない。

刺身にすき焼きに茶碗蒸しに、ずらりと並んだ和膳に子供たちが歓声を上げる。
彼らが嬉しそうに御馳走を食べるシーンをひとしきり撮影して、取りあえずは僕の今日の仕事で必要な部分は終わった。
このあと、子どもたちは夜の土産物屋に買い物に行く。

ちょっとだけ、それにお付き合いして買い物風景の写真を撮影する。これはいわばサービスのようなものだ。
ただ、かつて、僕も来たことのある二見ヶ浦のあの賑わいはどこにもなく、夜の土産物屋街はいくつかのお店が開いているだけでひっそりとしていた。

自室に戻ると、豪華な膳が用意されていて、ビール瓶も何本もおかれている。
「お疲れ様でしたね、お酒はまだまだありますからいくらでも召し上がってくださいね」
すぐに旅館の仲居さんが来て、ビールの栓を抜いてくれた。
浴衣を着て、久々に寛ぐ。
ずっと好きな列車に乗って、それなりに楽しみながら仕事をしていたはずでも僕のふくらはぎは腫れ上がっていた。

風呂は生徒さんたちとは別の風呂を用意しているというので、行ってみると大浴場ではなく、露天の潮風呂だ。
海の香りが疲れた体に心地よい。
「あ、写真屋さん・・」
そこへ学年主任が裸になって入ってきた。
「いいでしょう・・ここのお風呂、私の唯一の楽しみですわ」
湯気ではっきりお顔は見えないが、用事が終わったという安堵感を彼の雰囲気から感じる。
湯気の中でも彼の頭が少し禿げているのはわかる。
「あとは、明日、朝ですね・・」
「あ・・写真屋さん、このあと、十時から軽くですが、打ち合わせしますので、是非小宴会場へ」
「わかりました、伺います」

こういう時の打ち合わせは、殆どは打合せではないのは承知の通りだ。
風呂を上がり、撮影済みのフィルムのチェックと明日使うフィルムの用意をし、カメラの作動、レンズのピント、スピードライトの発光テストをする。
道具をきちんとアルミバックの中に整理していたら時間になった。
小宴会場へ向かう。
浴衣姿の教師たちがそろっているが、添乗員はスーツ姿のまま、担任教師である二人は来ていない。
「今日はご苦労様でした!」
校長がデンと構えて切り出す。
「酔う前に明日のことを・・・」
学年主任が少し禿げた頭を回して一渡り見回す。

明朝の御来光は生徒は希望者のみ、学年主任と体育教師が旅館に残って、居残り生徒の監視にあたること。
朝食は先ほどと同じ大広間、教師とスタッフは先に小宴会場で朝食を済ませること。
夫婦岩のところで記念撮影、その際、他の団体がいるかもしれないので、速やかに撮影を済ませ、その先の駐車場に停車しているバスに乗ることなどが一方的に伝えられた。

そこへ担任教師二人も入ってきた。
「子供たちは一応、寝ました」
その報告に「いやいや、疲れていても眠れないのが修学旅行だよ、ま、多少のことはほっといてあげたほうが思い出になるでしょう」と校長が言って小さな笑いが起こった。
「さて、それではご苦労さん」
校長の音頭で乾杯が行われ、ビールを飲み干す。
教師も大人であり、一切の仕事を終えてからのこういう小さな一杯飲みは別に問題なかろうと僕は思った。
でも昼のお酒はあかんよな・・・と心のうちで呟く。

宴といっても明日の朝が早いこともあり、小一時間で解散、教師たちは自室あるいは生徒たちの見張り場所である廊下へ下がっていく。
僕は既にすることもなく、ただ、外の風にあたりたい。

玄関に出てみると先ほどの番頭さん風が掃除をしていた。
「ちょっと外の風にあたってきていいですか?」
「ああ・・いいですよ、三十分ほどで帰ってきてくださいね、玄関も閉めてしまいますので」

旅館の外に出て、先ほど歩いた堤防のところへ行ってみる。
暗闇の中、白い波しぶきが上がり、波音が広がる。
階段状になっている堤防に腰掛け、海を眺める。
波音を楽しんでいるつもりなのだが、ふっと近くで人の呼吸のようなものが聞こえる。
なんだろう・・
耳を澄ますと、明らかに男女の情欲の最中のように聞こえる。
地元の青年だろうか・・・
ちょっとその場には居づらいので、少し場所を移動して街灯のあるところで、ぼんやりしていた。
まもなく三十分か・・夜の冷気が疲れた体を引き締めてくれていた。
僕は立ち上がり、旅館に向かおうとした。
そのとき、街灯の明かりに向かって男女が歩いてくるのが見えた。
仲良さそうに手をつなぎ、肩を寄せ合う。
暗くて顔は見えない。

やがて、その二人が近づいてきた。
街灯が照らしだしたのは、ちょっと禿げた頭の学年主任と、可愛い女性の担任教師だ。
彼らは僕を見て、一瞬立ちすくんだ。
女性教師は思わずだろうが自分の衣服の乱れを直すような仕草をした。
学年主任にとって修学旅行の楽しみは潮風呂だけではなかったらしい。

「あんまり暑くて、外の風を吸いに来ました」
僕の方からそう言ってやった。
「いや、わたしたちもなんです・・」少し禿げ頭が言う。
なんとかその場を胡麻化そうとするのが気に障ったが、何も知らぬ風を押し通すことにした。
「明日はまた、早いですね」
僕がそういうと女性教師が驚くような高い声でこう言った。
「富士山、見えますかね!!」
波の音が僕らを包んでくれている。
押し黙って歩いても不自然ではないのが僕には救いだった。

板宿、心の疼き

板宿駅南口木造当時

昭和51年の6月頃か・・

僕は、鉄道の実習を午前で終えた土曜日、定時制高校は土曜は休みなので加古川市内の自宅で週末を過ごすために戻るのだが、その日、国鉄ではなく山陽電車を使った。

当時は電鉄高砂駅から北条街道を走る路線バスがあって、それに乗れば自宅近くのバス停に到着したからだ。

(このバス路線は現在は本数を激減して、高砂からはわずかに一日一本だけの運行となっている)

ただ、当時は板宿駅には山陽電車の特急は停車せず、各駅停車に乗って須磨で特急に乗り換える必要があった。



未だ週休二日制など知らぬ時代、土曜日の昼下がりは開放感あふれる学生やサラ―リーマンで賑わうのだが、板宿は駅近くに高等学校が多く、通学の学生たちであふれていて。商店街入り口の幅の広い踏切は、ここから北へ数十メートルだけ自動車道路も兼ねていて、いつも人や車で賑わう・・というより混雑していた。

ホーム端で駅員がメガホンを持ち、遮断機が下りても渡ろうとする人や車をどやしつけているのも日常の光景だ。

それでも、降りかけた幅広の遮断機をくぐって特に高校生たちは我勝ちに踏切を渡っていく。

この路線には山陽電車だけではなく、阪急や阪神の電車も頻繁に乗り入れるのだが、運転士はそれぞれの所属会社のまま乗り入れてきて、板宿の喧騒に派手にタイフォン(電車の警笛)を鳴らす。

踏切を渡りかけている人があっても、電車は急制動などかけず、普通の減速の仕方でホームに入るが、山陽特急だけはこの駅が通過とあって、ゆっくりながらも止まることなく駅に入り込んでくる。

電車の本数は日中の片道方向で毎時14本という多さで、これが上下それぞれに来るのだから単純に1時間当たりの本数は28本、2分に一回は電車が来る計算になる。

つまり、閉塞区間に電車が入ることを考えると、日中ですらここの踏切は、上がっているより下がって閉じられている時間のほうが長くなる・・そんなところだった。



板宿駅は北側(上り線)には立派な母屋があり、定期券の発売所や電鉄系列の「山陽そば」の店などもあったが、南側(下り線)は掘っ建て小屋一つ、自動改札機が3台だけの質素な駅舎だった。

僕はその駅舎を目指して南から歩いている。

ちょうどその時、上りの、ブルーとクリームに塗られたツートンカラーの特急電車が通過し終え踏切が開いた。



どっとこちらへ向かってくる買い物客や学生、路線バスや一般のクルマ・・

そしてその中に、紛れもない、貴女を見たのだ。

グレーのスカート、白いブラウス、当時流行の狼カットにした髪、色白で可愛い貴女を見つけたのだ。

加古川の中学校であなたに惹かれてから、ずっと会うことを念願していた。

その貴女が突然、目の前に現れた。



数人の友達と一緒に、楽しそうに話をしながら貴女が歩いてくる。

貴女の方でも僕に気が付いたようで、一瞬、僕と貴女は立ち止まって、お互いを見つめあった。

僕の顔に血が上る。

自分の頬が紅潮していくのがわかる。

貴女も頬を赤らめ、そして、次の瞬間、友達と駅の改札へ吸い込まれていく。



会いたい人に会えた。

今の僕なら、追いかけていろいろ話をして、一気に和気藹々と持って行けただろう・・

だが、当時の僕にはそれができなかった。

やってきた山陽電車2010号のステンレスカーの、貴女は2両目に、僕は3両目に乗車してしまう。

貴女は当時は四駅先の須磨まで山陽電車に乗り、須磨から国鉄の快速に乗り換えて自宅近くの宝殿まで帰っていたはずだ。

早く隣の車両に行けば、貴女と話ができる・・・

そう思ったのはもちろんだが、当時の電車の多くがそうだった・・幅広の、ドアのない貫通路が恨めしく思うほどに僕は動けなかった。

東須磨、月見山、須磨寺と過ぎ、特急に乗り換えるために降りた須磨の駅のホームでもう一度、貴女とすれ違う、。

けれど、お互い俯いたままだ。

声をかけるなど、とても出来っこない。

僕らは成す術もなくすれ違って、そして貴女は盛り土の上にある電鉄須磨駅の、下へ降りる階段を下りて行った。



貴女と初めて出会ったのは、僕ら家族が父親を失い、当時の加古川市役所の方々の好意で加古川市の山の手の方向にある市営住宅に入居した時だ。

二軒隣の住人が貴女方家族だった。

何度か貴女が歩く姿、自転車で走る姿を見て、なんと可愛い子がいるものだと・・惹かれたのだ。

いちど、僕はその市営住宅の裏手の擁壁の上から自転車ごと転落、2メートルほど下の道路でしたたかに額を打って、かなりの出血があった。

ちょうど、庭で花壇の手入れをしていた貴女のお父様が、それを見て、すぐさま自家用車を出してくれ、知り合いのいるという病院へ連れて行ってくれたことがあった。

おかげで事なきを得、貴女のご両親とは打ち解けて話ができるようになったのだけれど、貴女とはまともに話などできなかった。

(余談だがこの時の傷跡は今も僕の額にわずかに残っている)

やがて貴女方ご家族は転居され、自転車で行かねばならない4キロほど先の、僕も通う生徒数1500人というマンモス中学校近くの戸建てに移った。

もう、貴女に会えなくなったと思った時、中学三年最初のクラス替えで貴女が同じクラスになった。

しかも、最初の教室での席はあなたが僕の隣に並んでくれた。

嬉しかったが、それを顔に出すこともできず、貴女に話しかけることもできず、貴重な一年は過ぎていく



不思議に、当時の僕には何人かのガールフレンドがあり、彼女たちとはずいぶん馬鹿げた遊びもできたのだけれど、貴女は僕の中では別格の存在だった。

趣味になりかけていたカメラで、貴女の姿を撮影したこともあったけれど、それはいつもあなたの横にいる、僕にとって気安い友達に声をかけて撮影出来たものばかりで、なぜかあなたには声をかけられない。

それでも、中学時代の僕のアルバムには何枚かのあなたの写真がある。

その写真の貴女は周囲の友達の様に笑ってはおらず、何かきつい目をして僕を睨んでいるようだ。



その頃の僕にはガールフレンドもいた・・当時の僕は「ウブ」というよりは、どちらかといえば女の子の友達が多く、しかも、転校前の学校でクラスメイトだった二人の女の子と文通もしていて、そのうちの一人とは結構、頻繁に会ってもいた。

だのに、貴女にはこの体たらくなのだ。



中学を卒業し、男ばかりの国鉄の寄宿舎に入り、なんとも味気ないことになったのだけれど、文通は続いていて、その相手と山陽電車で一緒に帰ったこともあった。

でも、貴女にだけ声がかけられない状況が、やがて、文通相手どころか、自分の従妹などにも声がかけられない、深刻な女性恐怖症の状態になってしまう。

周囲はこれまで経験したことのない男ばかりの世界になってしまっていて、好きな鉄道車両は常に身近にあっても、女っ気のない味気無さは変わらない。

いや、味気ないどころか、女性に声をかけられない深刻な状況はこの後、文通相手の女の子に振られ余計に度を増す。

(この女性恐怖症が完治?したのは二十三歳のころ、国鉄部内の配置転換で鷹取に転勤し、悪友たちと三宮で遊ぶようになってからだ)



国鉄の寄宿舎にいる間、土曜日の帰宅はほとんど山陽電車を使ったのは、やはり貴女に会いたい一心からだったと今ではいえるだろう。

だが、お互いが高校生の年頃の間は、時に貴女に出会えることはあっても、やがて、その時を過ぎ、以来全く貴女の姿を見ることはなくなった。

よく遊んだ共通の友達からは貴女の噂は聞いたけれど、それも、僕が国鉄にいる間までのことだ。

国鉄を辞め、やがて神戸での写真の仕事に入った僕は、また板宿に住み着いたけれど、もちろんそこに貴女の姿はなく、それでも、あのけたたましい踏切の風情を見るたびに、グレーのスカートの貴女が友達と談笑しながら歩いてくる姿を思い浮かべたものだ。



板宿もまた阪神淡路大震災で被災し、山陽電鉄では地上部の駅を建設中の地下駅に切り替え、地上線は放棄することになった。

電車が地下に潜った板宿の風景は変貌し、もはやここを貴女が歩いてくる姿を思い浮かべるのは難しくなった。

そして僕はその街で最初の独立に失敗したのだがそれはまた後の話だ。

モノクロ暗室

セーフティライトの僅かなオレンジ色の明かり
現像液や酢酸、定着液の匂いが漂う暗室
棚の上に置いたラジオから好きな歌が流れる

カチッ、スイッチの音が暗闇に沁みる
エンラージャ―の手元にそこだけ光が差し
かすかに浮かび上がる君のシルエット
「イチ、ニ、サン、シ、ゴ・・・・ジュウ、ジュウイチ」
君が呟くように秒数を数え、カチッ、スイッチが切れる
イーゼルを外す音がして
広がっていたペーパーをセーフティライトすぐ下の現像液に漬す
竹ピンセットで紙の淵の持つ部分を変えながら、液体の中の印画紙を揺らす
やがてぼんやりと、そして次第にはっきりと黒と白から成す画像が浮かび上がる
「もう少し、もう少し黒が締まって現像の進行が止まるまで」
今にもペーパーを引き上げようとする君に慌てないようにと僕が呟く
一心にバットの中の印画紙を振る君の
その胸のあたりの柔らかそうなシルエット
「はい、もうすこしですね・・あ・・なるほど、黒が締まってきました」
「暗室の中で見る黒は実際よりは薄く感じるから、ちょっと慣れが必要なんや」
「はい、もう少しですね」
液体の中で紙を揺らせ続ける君の竹ピンセット
「もう、ここまで来たら揺らさなくても大丈夫・・さぁ、そろそろいいよ」
「はい」
「一気に停止液にね、ムラができないように」
「はい」
一瞬、揺らされた酢酸の表面から甘酸っぱい香りが漂う
「よし、定着!そろっと、でも一気に・・」
「はい」
定着液の普段の生活ではありえないあの香りが鼻を衝く
「しっかり浸したかい?」
「はい」
「印画紙はすべて箱の中にしまったね?」
「はい」
「じゃ、明かりをつけるよ」
いきなりついた白熱灯の明かり、そして定着液に浸された四つ切のモノクロ写真
「どうですか?」
心配そうに君が訊ねてくる
ストレートの黒髪、うすく広がる汗
フジフィルムのエプロンを付けたその下にはTシャツに包まれた柔らかそうな胸
「うん、いい写真やね、ただもう少し黒が締まってほしいなぁ‥」
「どうすればいいんでしょう?」
「露光時間ではなく、絞りを半分あけよう」
「はい」
またセーフティライトの明かりだけになった暗室で、作業が再開される
現像液、停止液、定着液の香りが広がる
君が一心にバットに向かって竹ピンセットを動かすシルエット・・
こうして僕は君が二十枚ほどの写真を焼くのを横で指導していた。
そして君の一生懸命な柔らかさを目で楽しんでいた
「ありがとうございました」
白熱灯を付けた暗室で君は汗をにじませて笑顔を見せる
「こちらこそ」
そういいながら僕は明かりを消して
またセーフティライトのかすかなオレンジのなか
肩を引き寄せ、口づけを交わす
暗室の壁に君を押し付け、僕は君の身体から
君の甘い養分を吸い取ることに余念がなく

写真薬品の匂いに汗や体液の匂いが混ざる
かすかな君の喘ぎ声と無口な自分自身
暗闇に支配された僅かなオレンジ色は
君の身体の柔らかい部分を浮かび上がらせながら
そして君の長い黒髪が暗室の壁に張り付いていく
僕にはこのひと時が永遠であればと、そう願っているのだが

先ほどデジタルカメラで撮影した画像を
パソコンの中のPhotoshopで修正していく
横に置いたスピーカーからはあの時と同じ好きな歌が流れる
それはパソコンの別窓で出しているデジタル音源
ふっと思い出す、青春のあやふやな気持ち
ふっと蘇る青春の、つかみ損ねた大切なもの・・・
キーボード横のグラスには濃い水割り

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